「伝説」の誕生

 はやぶさが「伝説」になったようだ。悪い意味で。
 
 はやぶさが最後に撮影した画像について、ネット上に以下のようなコピペが出回っている。
 
****以下コピペ****
 
<ニュース速報>
 日本の観測衛星「はやぶさ」が最後に撮影した写真が公開された。
 大気圏突入直前の撮影で、画像中央に地球が写っている。
 はやぶさはこの写真の撮影時点で、すでに表面温度が限界値を大きく超えており、
 データ送信の途中で、交信が途絶えてしまった。そのため、画像の下部は写っていない。
 「はやぶさが燃え尽きた後になって、観測室にデータが届いた。
 撮影の段階ではやぶさは燃え始めていたはずで、なぜこのような画像を送れたのか信じられません(関係者)」   -23:51
 
****以上コピペ****
 
 立派な科学実験及び探査の試みを、ただのオカルト話にしてしまう酷い嘘。こういう事実ではない「伝説」が、大気圏突入のたった1時間と少し後に生まれるのがネットという世界である。ナポレオニック関連でこの手の「盛り上げるための嘘」はさんざん見慣れているのだが、小惑星まで機械を飛ばせる時代になっても人間の本性は全然変わっていないらしい。
 少し考えればとてつもなくおかしい話であることは判断がつく筈。大気圏突入の寸前に撮影した映像でどうして地球の全体が見えるのか、オーストラリア上空で飛び込んだのに写真に写っているのはアラビア半島じゃないか、そもそも大気圏突入よりかなり前の時点ではやぶさは日本のアンテナで追いかけられる場所を離れていた(日本から見ると水平線の下にもぐっていた)、などなど。
 かろうじて救いといえるのは、この嘘に対してすぐに容赦ないツッコミ("http://buzztter.com/ja/k/%E8%A6%B3%E6%B8%AC%E5%AE%A4%E3%81%AB%E3%83%87%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%81%8C%E5%B1%8A%E3%81%84%E3%81%9F"参照)が入っていることか。「冗談と片付けるには悪質すぎ」という厳しい声もある。
 なのに、ネットではこうした小学生レベルの法螺話に大量の反応が示されている。もちろんツッコミ目的の人もいるのだろうが、そうでない感想も多数見かける。ネットにアクセスできる程度の知識がある人間の中に、科学的常識がヤバいくらい欠如した層が一定の割合で含まれていることを示しているのだろう。科学は進歩したかもしれないが、人間が進歩していると思えなくなるような事態だ。やっぱり人は事実を見るのではなく、見たいものを見る生き物なのか。
 加えて、はやぶさを話題にしている人間のうち「科学的な事柄」に対する関心とは無縁の理由ではやぶさを追いかけるようになった人がいることも想像できる。単に感動したい人、「日本の探査機が頑張った」というナショナリスティックな感情で動いている人、その他諸々の要因があるのだろう。私のように「イオンエンジンといったらSFの世界だと思っていたのにこりゃ凄い」という層ももちろん存在する筈だが、それだけではここまで盛り上がらなかったかも。
 で、そうしたSFマニアとして言わせてもらえば、はやぶさの帰還成功で急激に盛り上がっている「はやぶさ2の実現を」という声には関心が持てない。もちろん科学者にとってはノウハウを維持するためにも(そして自分たちの働き口を確保するためにも)続編が必要なのだろうが、単なる外野の見物人にしてみれば「小惑星往還もイオンエンジンも既にやってる話。もっと新しいことをしてくれ」というのが本音だ。ソーラーセイルも実現した今、つぎは「はやぶさ2」よりもバサード・ラムジェットでも開発してくれた方がありがたい。宇宙エレベーターでも可。
 
 話がずれたが、はやぶさ「伝説」と見られる話は他にもある。こちらは純粋なネットのでっち上げでないところがもっと厄介。ある全国紙が、はやぶさ突入当日の未明にこんな記事"http://www.yomiuri.co.jp/space/news2/20100613-OYT1T00056.htm"を載せた。そこでははやぶさの前面についているカプセルを地球に向けているので「底面のカメラは地球が見えない方向に向けている」とある。
 この記事は別に間違っていない。こちらの図"http://www.isas.jaxa.jp/j/japan_s_history/chapter09/06/img/pct06-02_large.jpg"を見ても、確かに再突入カプセルは前面(イオンエンジンの裏側)にあるし、望遠カメラや広角カメラは底面(サンプラーホーンがついている面)にある。問題なのは、同じ新聞社がほぼ24時間後に出した別の記事"http://www.yomiuri.co.jp/space/news2/20100614-OYT1T00140.htm"。そこには「底面にあるカメラを地球に向けようと、180度向きを変えた」とある。
 それまで前面を地球に向けていたはやぶさが180度向きをかえたら、地球に向くのは底面ではなく背面、つまりイオンエンジンのついている面だろう。そうではなくカメラのある底面を地球に向けたいのなら、180度ではなく90度だけ向きを変えれば十分。実際にはカプセル分離の際にはやぶさの姿勢が30~40度ずれた"http://ascii.jp/elem/000/000/529/529611/"らしいが、それを含めても変えるべき角度は最大130度程度(最小ならたった50度)だ。180度は変えすぎである。
 要するにこの全国紙の記事で使われている「180度」は正確性に欠けている表現なのだ。そもそも、よく読めばこの文章に「180度」という表現はいらない。単に「カメラを地球に向けようと姿勢を変えた」と書けば済む話。話を盛り上げようとして余計な文言を入れてしまったように見える。
 そして、この「180度回頭」話もネットであちこちに拡散している。最初に紹介した完全な嘘コピペはともかく、こちらはなまじ全国紙が書いている話だけに信じる人も多いのだろう。確かに単に「姿勢を変えた」と言うよりは「180度振り返った」と言う方が一見分かりやすい。でも、おそらくそれは事実ではない。やはり人は事実よりも「見たいもの」を見る生き物である。
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