上のグラフはYahooのblog検索で「牛乳 有害」を調べた結果だ。見ての通り、それまでほとんどこの2単語を含んだblogは存在しなかったのに、8月18日になって急増している。
理由は簡単。Yahooトップページの「トピックス」の欄に「『牛乳は有害』説に波紋広がる」という見出しが出たのだ。中身は毎日新聞のサイトに18日13時36分に掲載されたこの記事"http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060818k0000e040076000c.html"。読めば分かる通り、牛乳有害説を流しているのはあのトンデモ本出版で有名なサンマーク出版であり、それに対してコメントしている4人の学者中3人は異論を提示している。要するに記事の主題は「栄養学の世界では有益と見る人が多数派」にある。
しかしblogの反応を見る限り、そういった記事の意図は決して十分に伝わってはいないようだ。最初の段落を最後まで読めば牛乳有害論は少数派と書いてあるというのに、牛乳が有害だと知ってびっくりしたとか、不安を感じるだとか。もちろんそういう反応は比較的少なく、冷静に「人間が牛乳を飲み始めて長い時間が経過しているのだから有害説はおかしい」と指摘しているblogを含めて多くはまっとうな反応を示しているのだが。
何より驚きなのが、最初に指摘したblog記事の急増だ。逆に言えば毎日新聞が報道するまで、ほとんどの人は「牛乳有害説」そのものを知らなかったのだろう。知られていなかったトンデモ説が新聞の(どちらかと言うと否定的な)報道で伝わり、それを受け取った人の一部がトンデモ説を信じ込む。こういう流れを見ていると、結果として毎日新聞の記事は意図とは反対の結果を生んでいるような気がする(毎日がトンデモ説の流布を意図しているのなら成功だが、それはないだろう)。
同時に情報化社会における情報の流れ方を見る上で格好の一例にもなりそう。ネットが発達しマスコミの相対的な地位が低下しているとの意見もあるが、このケースを見るとそうとは言えない。火付け役はあくまでマスコミ。そして、流れた情報の含む内容の妥当性とは関係なく、最も表面的な情報(この場合は見出し)が一番よく広がる。確かに人々は紙媒体である新聞以外にネットという情報源も手に入れたが、実際には「ネット経由で新聞の情報を入手」しているに過ぎない。本当に牛乳が有害なのかどうか、本気で調べればネットには色々と情報源もありそうだが、そこまで調べる人間はほとんどいない。
情報を入手するという作業は決して簡単なものではない。労力もコストもかかる。マスコミはいわば最大公約数的な情報を人々に提供することで、人々の「労力やコストを減らしたい」という欲求に答えているのだ。そしてマスコミの発達により、努力をしたくない人たちは情報を得るための労力やコストを費やさないようになった。その後でいくらネットが発達しても、情報収集に対して怠惰になった人がそう簡単にネットを使いこなすようにはならない。各種掲示板でよく見かける「質問する前に自分でググれ」という発言も、そういった「怠惰な情報収集者」に対するいらだちの表明だろう。
要するに情報化社会と言いながら情報を使いこなせていないし使う気もない人は大勢いるということ。そういう人向けにはマスコミ情報は大きな影響を持つし、おまけに「怠惰な情報収集者」は文章を読まず見出しだけで判断するので時にはマスコミの意図せぬ誤解が広がることもある。そして「牛乳有害説」への言及が増えれば、「大勢の人間が言っていることは信頼できるだろう」と思う人が安易に牛乳を有害だと思いこむ可能性が高まる。本当は中身を問わなければならないのに、数の多さで言論の妥当性を判断してしまう傾向は、おそらく誰にでもある。
私がよく書いているナポレオン関連の記述も同じ。論拠があやふやでも、広く一般に伝えられた話はそれだけで事実だと思われるケースが多い。情報を見る時には、数ではなく質で判断するように心がけた方がよさそうだ。
なお、毎日新聞がなぜこんな記事を書いたのかについては、個人的にはこれ"http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/hokkaido/shoku/gyunyu/news/20060801hog00m100001000c.html"が原因だと思う。おそらく地方版の記事だが、ここでは露骨にサンマーク出版の本を持ち上げ、それに対する行政の対応に対して「典型的なたらい回し」「牛乳批判を無視・黙殺していることが理解できた」「『地域主権』が聞いてあきれる」などと厳しい口調で非難している。トンデモ本を論拠によくこれだけ強気に出られるものだと、ある意味感心する記事だ。
ご存じの通り、マスコミでは基本的に若い内は地方を回り、中堅クラスになってから東京などに戻って仕事をするパターンが大半だ。つまり地方にいる記者は若い人が多い。当然ながら中堅やベテランに比べて経験が浅く、一般的には取材内容の妥当性に対する判断能力が低い。また、新聞記者の全員が科学的素養を持っているわけでもない。結果として、地方版にいささか首をかしげる記事が出てくることも十分にあり得る。
ただ、毎日新聞の場合はそれが地方版だけでなくインターネットのサイトにも載ってしまった。そして、その記事の危うさに気づいた東京あたりの記者が「こりゃまずい」と思い、改めてまともな学者に取材して書き上げたのが今回の記事ではなかろうか。何もしないでいると毎日がサンマークの本の内容にお墨付きを与えているように思われる。それを避けるために牛乳有益論を多数載せた記事を書いた。あくまで私の想像に過ぎないが、以上のような経緯があったのかもしれない。まあ、結果として牛乳有害論を広く知らしめてしまったのは皮肉だが。
コメント