書店で「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」"http://www.amazon.co.jp/dp/4478012032"という、長い題名の本が目に止まった。表紙はモロに萌え絵で、何かのギャルゲー攻略本だと言われても違和感がないくらいだが、よくよく見ると「ダイヤモンド社」という出版社名が異様さをかもし出している。そもそも置いてあった書店の所在地が大手町。普通、大手町の書店にギャルゲー攻略本はない。
もちろん、この本はギャルゲー攻略本ではない。ビジネス書である。「とうとうビジネス書までこんな絵を表紙にするようになったか、世も末だ」という感想がとりあえず思い浮かんだのだが、よくよく調べてみると実は既にプレジデント社がこんな本"http://www.amazon.co.jp/dp/483341855X"を出していた(しかも続巻まで出ている)。どうやら末世は私の認識よりもはるかに早く到来していたようだ。
さてこの「もし高校野球(中略)読んだら」という本、内容は基本的に題名通りの小説である。架空の公立高校の女子マネがドラッカーの経営学の本「マネジメント」を読みながら野球部のマネジメントに取り組んでいく。弱小野球部を変え、最後は甲子園への出場を勝ち取るという、まあ分かりやすい青春小説というかスポーツ小説だ。使っているネタがドラッカーである点を除けば、それほど凝った話ではない。あくまで王道、ベタな展開だ。
ネットの感想を読むと、ドラッカーを上手く使ったところに対する評価や、その王道展開を褒める向きが多い。一方で小説としては「先が見える」、ドラッカー入門としては「素直にドラッカー自身の本を読んだ方がいいだろ」という声も出ている。とはいえ、発売から間をおかずに増刷がかかったところを見る限り、商品としては成功と判断できるだろう。
実際、ネット上の感想で多いのが「ドラッカーの『マネジメント』を読みたくなった」というもの。ダイヤモンド社としては自社の他の著作へと読者を引っ張ることができるという意味で、二重に美味しい商売だ。出版不況の時期だけに、この本(元は著者がblogに載せたアイデアからスタートしている)を企画した担当者は上手くやったと褒められているのではなかろうか。
実際、作中に引用されているドラッカーの言葉はなかなか含蓄がある。私自身、ドラッカーを読んだことがない(企業人としては問題かもしれんが)ので、興味深くこの本を読んだ。ちと自己啓発セミナーっぽいところがあるのは好きになれないが、いいことも言っている。「成果とは百発百中のことではない。百発百中は曲芸である。(中略)人は、優れているほど多くのまちがいをおかす。優れているほど新しいことを試みる」(p175)とか。
だが、私がこの本を読んで最も興味を抱いたのが、ドラッカーの言葉ではなく、作中で弱小野球部が取り組む「イノベーション」の内容だったりするところの方が、企業人としてはより問題かもしれない。この作品内で野球部が打ち出した「イノベーション」としての新しい戦い方というのが「ノーバント・ノーボール作戦」である。名前の通り、「送りバントはしない」「ボール球を打たせる投球もしない」という作戦だ。
この作戦を読んで私が最初に思ったのが、「作者はもしかしたらセイバーメトリクスを参考にしたのではないか」ということ。特に送りバントについて、セイバーメトリクスではかなり低い評価がなされているのは周知の事実だ。実際には現実の高校野球でも送りバントをほとんどしないチームが勝ちあがったりしているので、イノベーションというほどでもなさそうだが。
送りバント禁止以外に、作中で攻撃時に採用される戦術が「ストライクとボールを見極める」戦術だ。これまたいかにもセイバーメトリクス的な考え。ビル・ジェームスも「野球における成功と勝利のカギは、ストライクゾーンをめぐる攻防の中に存在する」と断言しているそうだ。そして、この作戦を採用した結果として作品中では四球による出塁率が向上している。加えて相手投手に球数を放らせて「体力を消耗させ、集中力を途切れさせ」(p216)ることにも成功しているとか。OBPとかP/PAといったセイバーメトリクス的指標がすぐに思い浮かぶ。
投手の「ノーボール」作戦も、セイバーメトリクス的に言えば筋が通った作戦ということになるだろう。DIPS的な思想で言えば投手の能力で決まるのは「三振を取る」「4球を与える」「本塁打を打たれる」といった分野だけ。従って投手が追求すべきなのは「本塁打を打たれない範囲でひたすらストライクを投げ続ける」ことになる。そもそも高校野球ではそれほど本塁打が出ないことを踏まえるなら「全球ストライクで勝負する」(p186)のは理に適っている。
しかしながら、よく読むとセイバーメトリクス的でない戦術も混ざっている。例えば実際に予選が始まったところで取った「ストライクは初球から振らせ、塁に出れば必ず盗塁させた」(p207)という部分。確かに最初のストライクをフェアゾーンに飛ばせばいい結果が出やすいのはMLBでも見られる傾向だそうだが("http://www.hardballtimes.com/main/article/the-importance-of-strike-one-part-one/"参照)、一方でセイバーメトリクスでは4球を選ぶ能力も高く評価している。早打ちになりかねない戦術を取るのがいいのか、微妙なところだ。
盗塁に至ってはむしろセイバーメトリクスとは逆。そもそも盗塁は3回に2回成功してようやく損も得もない状態になるのであり、盗塁から利益を得ようとするならかなり高い成功率が求められる。しかもそれだけのリスクを犯す割に得られる利得は限定的。1試合で「盗塁死は四つを数えた」(p207)というのはやりすぎな気がする。
投手に「打たせて取る」(p187)練習をさせているところも、セイバーメトリクス的には微妙だ。何しろ「フェアゾーンに飛んだボールがアウトになるかセーフになるかは基本ランダム」というのがセイバーメトリクス的な考え。もちろんナックルボーラーのように実際に打たせて取る能力があると思われる選手もいることはいるが、この作品にそういう特殊な投手が登場するわけではない。常時前進守備を敷くという、セイバーメトリクス的に正解なのか不正解なのかよく分からない作戦も出てくる。
さらに根本的な問題として「そもそも高校野球にセイバーメトリクス的な考えは当てはまるのか」という問題もある。MLBの記録から生み出されたセイバーメトリクスだが、高校野球はMLBとはおよそレベルが違う。もしかしたら同じルールでもフィールドで起きているのは全く別のスポーツと言った方がいいくらい違っているかもしれないのだ。NPBについて議論する際にセイバーメトリクスを持ち込むならともかく、高校野球に適用しようとしても的外れになる恐れはないのだろうか。
それを知りたければ高校野球のデータを集めるしかないのだが、そういうデータをネット上で見つけることはできなかった。仕方ないのでこちら"http://www5.nikkansports.com/baseball/highschool/sensyuken/2009/score/top-score.html"やこれ"http://www.nikkansports.com/baseball/highschool/senbatsu/2009/schedule.html"を使って2009年の甲子園大会(春夏)の記録のみを自分でまとめてみた。試合数79というのはどう見ても足りなさすぎるし、小説に描かれている地方大会でないところも問題ではあるが、これ以上のデータを自ら集めるのはさすがに面倒だ。
仕方ないので、独立リーグのBCリーグ"http://www.bc-l.jp/"も分析対象とする。BCリーグ選手の実力はNPBと高校生の間のどこかに位置していると見られるので、逆に言えばNPBとBCリーグの差を伸ばしていけば高校生の実力を推測できることになる。もちろん、金属バットの利用など高校生ならではの特徴があるため、単純に延長線上に置くことはできない。その際には上で調べた甲子園大会のデータを参照するとしよう。なお、独立リーグであれば別にアイランドリーグ"http://www.iblj.co.jp/"でも構わないのだが、十分なスタッツを集められないため見送った。
長くなったので、実際の分析は次回に。
コメント