革命の空軍

 Napoleon's Air Force"http://www.amazon.co.jp/Napoleons-Air-Force-Garritt-Van/dp/1436360692"読了。amazonで見つけた際には「何というマニアックな本を出すんだ」と感動しながら購入したのだが、出版社のサイト"http://www2.xlibris.com/"を見るとSelf-Publishing Your Book with Xlibrisと書かれていた。どうやら自費出版らしい。まあナポレオン関連書籍では欧米でも自費出版は結構多い。James ArnoldのMarengo and Hohenlinden"http://www.pen-and-sword.co.uk/?product_id=897#"も最初は確か自費出版だったはずだし、Nafzigerの本に至っては自費出版どころかコピー本である。
 裏表紙にある著者の経歴にはengineerとある。技術屋さんが書いたものだろう。ナポレオニックに関してはアマチュアとあるが、関連組織に所属していたそうなので高い関心を持ってはいたのだろう。本人は既に亡くなっているようで、多分家族が出版にこぎつけたのではなかろうか。

 内容はフランス革命戦争とナポレオン戦争期の気球に関する話、だけではない。というかそれ以外の話が多い。第一章は革命前の気球黎明期の話だし、第三章は当時の情報伝達手段に関する説明、第七章は気球ではなくロバート・フルトンが開発してフランス政府に売り込もうとした潜水艦や蒸気船の話、そして第十章の主役はボーア戦争前に英国軍へ気球を導入させるべく奮闘したテンプラーだ。むしろ気球を中心に据えた技術開発史といった趣である。
 とはいえこれだけ幅広くこの時代の気球について取り上げた本はあまり見かけない。それだけでも手に入れて読む価値はあるだろう。特に著者が技術屋だけに、気球の技術的な点については非常に参考になる話がいくつも書かれている。そして、かつて私が考えたのと同じことについて別のアプローチを示している。つまり「歴史のif」についてだ。
 ナポレオン戦争期に気球が大規模に使われていたら、歴史はどう変わっただろうか。そういう仮想戦記は可能なのか。前にそういったことについて検討してみた。ただ、私が考えたのは実際に革命戦争期に存在した気球部隊がそのまま残っていたら、という前提。こちら"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/18007566.html"やこちら"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/47557420.html"で述べているが、取り扱いの難しい気球を、機動戦が中心だったあの時代に上手く使えたかどうかは分からない、という結論だった。
 だが、著者は全く違うアプローチからこの問題に答えを出している。やり方は簡単。軍が利用していた水素気球ではなく、モンゴルフィエ兄弟が最初に発明した熱気球を使えばいい。熱気球を使えば、水素気球が持っていた問題がかなり解決できる、というのだ。
 水素気球の最大の問題は水素発生装置にある。革命戦争期に使われた手法は、一般に知られていた硫酸を使うやり方ではなかった。硫酸は他の軍事物資生産に必要だったためだが、この気球用水素発生装置は何より時間がかかるのが問題だったという。一応、必要に応じて移動できるようになっていたが、移動先ではまず1万2000個のレンガを用意して装置の組み立てに取りかからねばならず、一連の作業を経てようやく気球を上げられるようになるには数週間を要したそうだ。要塞攻めが中心だった18世紀の戦争ならそれでも使えたかもしれないが、ナポレオンの機動戦では無理だろう。
 水素発生装置を動かして使うのが無理であれば、後は予め水素を詰めた気球を運ぶしかない。それが困難であったことは以前も指摘した通り。ヴュルツブルクの戦いでオーストリア軍がフランス側の気球を奪っているが、逃げ遅れた一因はさっさと水素を抜いて折りたたんで逃げるという選択肢が使いづらかったためだとか。水素気球はそれだけ扱いにくいものだ。
 熱気球はどうか。水素気球より遥かに短時間で空中に浮かぶことが可能だ。モンゴルフィエ兄弟はたった1時間で浮上させたという。燃料となる木や藁はどこでも手に入る。水素発生装置をあちこち持ち歩いて何週間もかけて設置、生成させる必要はない。熱気球は使わない時は折りたたんで持ち運びができるため、機動力も高まる。
 熱気球の問題点としては、空中でも絶えず空気を熱していないとすぐに下がってしまうということがある。これに対して著者は様々な解決策を提示している。一つは地上とつなぐワイヤーを通じて藁などを持ち上げる方法。燃料を積み込む必要がないので、気球のサイズを縮小できる。また、よりエネルギー効率の高い燃料としてアルコールなどを利用する方法もある。実際、18世紀にはスイスの発明家がアルガン・ランプという鯨油などを使ったランプを発明しているが、このランプはかなりの熱も出していたという。高効率なエネルギー源をうまく使えば、少ない作業で長時間の滞空が可能だろう。
 さらに著者は、水素気球でもより短時間で浮上させる方法まで検討している。具体的にはプロパンガスのように予めボンベに圧縮したガスを詰め込み、それを持ち運ぶという方法だ。19世紀後半には実現しており、技術的にも19世紀前半から実現可能性はあったという。ただ、熱気球という方法があるのなら、無理に水素気球を使う必要もないような気がする。
 なぜフランス軍は熱気球ではなく水素気球にこだわったのか。モンゴルフィエを支援していたのが王室だったのも影響しているのかもしれないが、何より熱より水素の方がより最先端だと思われていたことが原因らしい。新しい取り組みを最先端の技術で実行することに意味があったのだろう。実際にはもっと枯れた技術で十分に使えるものができた筈なのだが、科学の進歩が耳目を集めた時代にあってはそういう発想はあまり好まれなかったようだ。

 技術面に関しては詳細に書かれている本だが、不満もある。まず第一に脚注がない。気球部隊の解散をもたらした一因としてジュールダンが気球部隊は役に立たないと報告した、という話が載っているのだが、どのような史料にその話があるのか不明だ。この本を手掛かりに調べようとしてみても、その先に進むことが難しい。
 革命戦争期に気球がどう使用されたかについても、期待していたほど詳細には書かれていなかった。そもそもそういった史料がないのかもしれないが、巻末の参考文献を見る限り著者はあくまで出版物に頼った範囲で本を書いたものと思われる。アーカイヴに出かけて史料をひっくり返すという作業まではしなかったのだろう。
 従って、詳細な使用例は分からない。例えばフルーリュスの戦いで気球はどの地点から浮上したのか、時間は何時から何時までか、その間にどのような情報がどのタイミングで気球から送られてきたのか、その情報は戦闘においてどのように利用されたのか。そういった話が分からなければ、ジュールダンが「役立たず」と評したことが正当かどうかも判断できない。歴史のifを考えることも困難だろう。そこまで詳細に調べた文献があれば、ぜひとも読んでみたい。

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