1799年史料ロンドン・ガゼット その3

 ハンブルク、4月16日
 (中略)
 ティロルから得られた報告によると、彼の地に侵入していたフランス軍は完全にそこから撤退することを余儀なくされた。そしてジュールダン将軍の軍とベルナドット軍の大半は、マンハイムとケールの防衛陣地に守備隊を残してラインを再度渡ったが、フィリップスブルクの封鎖は放棄された。オーストリア軍はフリブルクとオフェンブルクへ前進し、ケールに降伏を要求した。
 ラシュタットからの4月8日付の勧告は、スタライ将軍がフランス軍のサン=シール将軍に対してかなりの優位を得たことに言及しており、後者[サン=シール]はケールへ向かう途上でフロイデンシュタットからオフェンブルクへ退却した。そしてフランス軍はかなりの砲兵装備を失った。
A Collection of State Papers Relative to the War Against France, Volume 8"http://books.google.com/books?id=dYfhdzYbIa0C" London Gazette, p170

スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

トラックバック