最近「もやしもん」を読んだので感想を。といっても普通の感想は色々なところに書かれているのでこちらは(またもや)敢えて変な切り口で書いてみる。具体的には作品中に登場する微生物について大きく分類したらどうなるかを調べてみよう。
調べる前に、微生物といっても中身は色々。あの漫画ではどの微生物も同じように描かれているが、たとえばバクテリアと酵母の違いは酵母と人間の違いよりはるかに大きいし、ウイルスに至ってはそもそも通常の生物分類には入ってこない存在だ。人間中心主義的視点から見ればどれもこれも「微生物」の一言で終わってしまうが、そうした傲慢な見方を改めれば全く異なる景色が見えてくる。
一般的には細胞を構成単位とし、代謝、増殖できるものを生物と呼んでいる。ところが、この定義だとウイルスは生物の範囲に含まれない。ウイルスは細胞を持たず、他の生物の細胞を利用して自己を複製する。そのサイズも細菌の10分の1から100分の1と圧倒的に小さい。一緒くたに微生物と呼んでいても、中身はかなり違っているのだ。
では細胞を構成単位とする生物は、大きくどのように分類されるのだろうか。昔ながらの分類では動物界や植物界といった「界」(Kingdom)が一番上位の分類で、さらにそこから門、綱、目、科、属、種など様々なレベルで分類していくやりかたが使われていた。だが1990年代以降になると、界よりさらに上位の分類を唱える声が増えている。それがドメイン(Domain)だ。
生物のドメインは大きく3つに分かれる。一つは動物や植物を含む真核生物(Eukaryote)。その名の通り細胞内に核を持っているのが特徴である。もう一つは真正細菌(Bacteria)、そして最後の一つが古細菌(Archaea)。後二者はかつては原核生物として一まとめにさせられていたものだが、最近の研究でこの両者がかなり異なることが明らかになり、結果としてこういう分類が唱えられるようになった。最近よく見る説では、生物の共通先祖からまず分岐したのは真正細菌で、その後で古細菌と真核生物が分かれたということになっている。
以上の知見を元にさっそく「もやしもん」に出てくる微生物を分類してみよう。といっても本の欄外に出てくる名前は、たとえば「A.オリゼー」のように主にアルファベット&カタカナ表記。これは人間を「H.サピエンス」と書くようなもので、これだけでは正直調べるのが大変だ。というわけでwikipediaのもやしもんの項目"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%82%E3%82%84%E3%81%97%E3%82%82%E3%82%93"にラテン語の学名(前が属名、後ろが種名)が載っているものを対象にそのドメインを調べてみた。参考にしたのはこちら"http://www.be.cabri.org/"など。間違えている可能性もあるのでそのあたりはご注意を。
まず、そもそも生物の定義から外れている存在がライノウイルス(Rhinovirus)。これはその名の通りウイルスであり、細胞を構成単位とした生物ではない。漫画に出てきた中ではインフルエンザウイルス(Influenzavirus)も同じだ。作中では微生物扱いされているが、生物といっていいのかどうか本当は微妙な存在。
それ以外は一応、生物の範疇に入っている。といっても、実際は異なるドメインの生物が混じり合っている状態なので、全部を同列に扱うのはおかしい。wikipediaの「もやしもん」項目に出てくる生物の中には古細菌は存在しないようだが、真正細菌と真核生物はどちらもいる。
まず真正細菌。これに当てはまるのはA.アセチ(Acetobacter aceti)、B.ハロデュランス(Bacillus halodurans)、C.ボツリナム(Clostridium botulinum)、C.パーフリンゲンス(Clostridium perfringens)、E.コリ(Escherichia coli)、L.フルクチボランス(Lactobacillus fructivorans)、おそらくL.ヨグルティ(Lactobacillus yogurti)、S.アウレウス(Staphylococcus aureus)、S.エピデルミディス(Staphylococcus epidermidis)、S.ラクチス(Streptococcus lactis, Lactococcus lactis)だ。
それに対し、真核生物に当たるのがA.アルテルナータ(Alternaria alternata)、A.ニガー(Aspergillus niger)、A.アワモリ(Aspergillus awamori)、A.オリゼー(Aspergillus oryzae)、A.ソーエ(Aspergillus sojae)、C.トリコイデス(Cladosporium trichoides)、C.シネンシス(Cordyceps sinensis)、F.ロゼウム(Fusarium roseum)、M.フルフル(Malassezia furfur)、P.クリソゲヌム(Penicillium chrysogenum)、S.セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)、T.ルブラム(Tricophyton rubrum)だ。同じ微生物でも真核生物は我々人間と同じドメインに存在し、それに対して真正細菌は別のドメインの生き物である。
しかし、こうした違いはラテン語の学名だけでは分からない。そして実は日本語名も当てにならない。たとえばA.アセチは「酢酸菌」、E.コリは「大腸菌」と呼ばれ、これらは真正細菌に属する。一方、「虫草菌」C.シネンシスや「白癬菌」T.ルブラムは真核生物の菌界(真菌とも呼ばれる)に分類されている生物だ。「カビ」とか「酵母」と呼ばれていれば真核生物だと言うことはできそうだが、そうした呼び名がなくても真核生物に分類される微生物がいるのでややこしい。
漫画の中ではデフォルメされた微生物が同じように動き回っているが、実際にはかなり異なる生物(及び生物の定義にはまらない存在)までが含まれていることが分かる。漫画だから別に正確さを追求する必要はないのだが、読む際にこれが現実だと思いこまないことは大切だ。作者も「この物語はフィクションです」としつこく繰り返していることだし。
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