突出した若年層

 久しぶりに日本語の本を読んだような気がする。今回はその本「自爆する若者たち」"http://www.shinchosha.co.jp/sensho/editor/2008/603627.html"について感想を書いておこう。題名からは今ひとつ想像がつかないかもしれないが、内容は人口に関する話だ。ちなみに原著はドイツ語。
 この本のキーワードは「ユース・バルジ」。ここで言うバルジ(突出部)とは人口ピラミッドにおける突出部のこと。つまりユース・バルジとは人口ピラミッドで若者が突出した状態にある国・地域のことを指していると考えればいい。具体的には「15歳から24歳までの者が少なくとも全人口の20パーセント、または0歳から15歳未満の年少人口が少なくとも30パーセントを占める」(p39)状態を指す。
 ちなみに日本では2005年の国勢調査時点で0歳から15歳未満は14%、15歳から24歳は11%となっており、どちらもユース・バルジとは程遠い。だがこれが例えば戦前の1940年時点だと0歳から14歳が36%に達し、上記の条件を満たしていた。戦後もベビーブーム世代が若者だった1965年時点では15歳から24歳がちょうど20%を占めており、ユース・バルジが残っていたことが分かる。
 ユース・バルジが存在するとどうなるのか。年長者に比べて若者の数が多すぎる場合、「後を襲う息子たちの『求めるポストの数』対『実際に就けるポストの数』」(p50)に不均衡が生じる。ポストを求める若者が多ければ、それだけ社会は不安定になる。特に若い男は戦争にも使えるため、不安定度は増す。多くの社会で凶悪犯罪に走るのも若い男、それも社会的にあまり成功していない下層の男だ。結果、ユース・バルジの存在する国や地域は不安定さを増す。
 欧州が世界を制覇したのも、このユース・バルジが長期にわたって存在したのが一因らしい。中世のペスト禍で人口が減った欧州では、社会を維持する人口を増やす目的で産児調節をできないようにするための「魔女狩り」が行われた。実は魔女の名の下に断罪されて殺されたのは避妊や中絶の知識を持っていた産婆たち。キリスト教が彼女たちを滅することによって産児調整が困難になり、子供が大勢生まれてユース・バルジが膨らみ人口が急拡大する。ピーク時にはあのさして広くない半島部分(陸地の13分の1)に世界人口の4分の1が溢れかえっていたという(p144)。実際にはその地域内からあふれ出した者も大勢おり、アメリカやオセアニア、アフリカ、シベリアなども欧州の勢力圏に飲み込まれていった。
 世界征服に乗り出していったのは次男坊以下の男たち、つまり親のポストを引き継ぐ希望のない若者たちだった。他の地域に比べて子供の数が異様に多かった欧州は、その頭数で他の地域を圧倒し、支配権を広げていったというわけだ。同じようにユース・バルジが膨らんだ明治維新以降の戦前日本は戦争を繰り返して大陸へ版図を広げ、戦後のベビーブーム世代は学生運動を派手に繰り広げた。ユース・バルジだけが原因ではないにしても、そうした激烈な活動を支えたのが数の多い若者たちだったことは間違いないだろう。
 多すぎる若者がポストを求めてハイリスク・ハイリターン戦略に打って出るという話は、以前に「ヤバい経済学」で指摘されていた「中絶の合法化が犯罪を減らした」という説と通底している。ユース・バルジは社会にとっては不安定要因だが、野心を持つ人間にとっては好ましい道具にもなるだろう。ナポレオンが無尽蔵に沸いてくる徴兵制でかき集めた兵士たちを使って己の野心を追い求めたように、あるいはナチスが産めよ増やせよと訴えたように。そして、ポスト不足で絶望的になっている若者たちの中には、そうした野心や声に応じる者たちが大勢いる。
 現時点においてそういったユース・バルジが最も多いのはイスラム圏らしい。不安定の弧と呼ばれる地域も多くイスラム圏を含んでいるが、その不安定さをもたらしているのはイスラムという宗教そのものよりも増えすぎた若者にあるというのが著者の考えだろう。「いい大人に成長した息子たちが徒党を組んで運動を繰り広げるとき、それを知的に正当化するのに恰好のイデオロギーは、思いつくままにいくらでも挙げられる」(p80)。かつて帝国主義の時代においては文明社会が野蛮な社会を支配するというイデオロギーが持ち出されることもあった。建前はただの建前に過ぎず、その建前をいくら分析しても実態は分からないという訳だ。

 ちなみに、このユース・バルジという視点で見ると日本を含む北東アジアは実はあまり将来的な不安を抱えていない地域ということになる。日本の年少人口が少ないことは上に述べた通りだが、他国を見ても中国(24%)、台湾(21%)、南北朝鮮(22%)、香港(17%)と、軒並み危険水域の30%を下回っている。唯一の例外はモンゴル(32%)だが、ここの15歳未満人口は実数で86万人と数は少ない。むしろフィリピン(37%)、インドネシア(31%)、ベトナム(32%)、マレーシア(34%)などを抱える東南アジアの方が懸念は大きいだろう。
 もちろんユース・バルジだけで歴史の流れが全て説明できるわけではないし、それだけで北東アジアは何の心配もないなどとは言えない。だが、米国の対外戦略がどうもイスラム圏優先で対北朝鮮などが後回しにされている感があるのも、もしかしたらこうした人口学的な現実が判断の背景にあるためかもしれない。

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