最期の言葉は

 ナポレオンの最後の台詞についてはこちら"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/40179049.html"で一度考察したことがある。実際に話した可能性が最も高いのが「先頭」「軍」といった言葉で、最も低いのは「ジョゼフィーヌ」であるという結論だった。これを書いた時には見つけられなかったモントロンの原著も見つかった。

「5月5日。(中略)ある時、私はつながりのない次のような言葉を識別した。フランス、軍、軍の先頭、ジョゼフィーヌ」
Récits de la captivité de l'empereur Napoléon à Sainte-Hélène, Tome Second"http://books.google.com/books?id=y7gPAAAAQAAJ" p548

 この件についてはこれで終わり、だと思っていたのだが、最近になって予想外の展開に。先だって読んだHerbert H. Sargentの"The Marengo Campaign 1800"に以下のような文章が載っていたのだ。

「この[マレンゴ]戦役から21年後、皇帝ナポレオンはセント=ヘレナで死に瀕していた。彼は自らの軍に思いを馳せていた。凄まじい嵐が島を襲っている時、長い錯乱状態の中で彼が以下のように言うのが聞かれた。『私の息子…軍…ドゼー』」
"The Marengo Campaign 1800" p165

 おいおい、ジョゼフィーヌじゃなくて今度はドゼーかよ。勘弁してくれ。一体どこから彼の名が出てきたっていうんだ。
 もちろんSargentがでっち上げた訳ではなかろう。彼が引用した引用元がある筈だ。そう思って調べてみると出てきたのが以下の文章だ。

「3日、錯乱状態が始まり、途切れ途切れの言葉の中で、以下の言葉が聞き取られた:私の息子…軍…ドゼー…」
Histoire du consulat et de l'empire, Tome Vingtième"http://books.google.com/books?id=9aMIqO1zIMgC" p706

 引用元はティエールだった。そして、この文章の横にSes dernières paroles.と書いてあるのを見る限り、ティエールがこの「ドゼー」を含む台詞をナポレオンの最後の言葉と考えていたことは間違いないだろう。だがティエール自身はセント=ヘレナにいた訳ではない。この言葉を自分の耳で聞くことはできなかった筈だ。では、大元の一次史料は何なのだろうか。
 残念ながら、ティエール以前にこのフレーズを記したものは見つけることができなかった。もしかしたらティエールお得意の「私が若い頃に聞いた話」が元ネタなのかもしれないが、それを確認するすべもない(ティエールの本を見ても脚注などはない)。現時点では「二次史料の中にしか存在を確認できない怪しげな説」と見なすしかないだろう。

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