ナポレオンと参謀部

 ジョミニのナポレオン本を読んでいて、面白い記述を見つけた。ナポレオン率いる軍隊の参謀部に関する話だ。以下の部分がそう。なお、この本は「ナポレオンの一人称」という形式で書かれているが、あくまで著者はジョミニである。

「この組織改革の最中に私は参謀部を解体するという大きな失敗を仕出かした。イタリア方面軍で私は何人かの反抗的な参謀副官に不満を抱いており、彼らの同僚に対する私の苛立ちを高めた。私は軍の魂となった筈であろうこの組織に致命傷を与えた。私は参謀少佐の階級をなくし、それによって大尉が大佐になれないようにした(註)。昇進を望むあらゆる優秀な士官たちにとって、今や参謀部を離れて戦闘部隊に入ることが必要になった。上級参謀士官のみが残った。なぜなら彼らの立場は恵まれたものであり、この過剰な命令も彼らには影響しなかったからだ。しかし、最も優れた尉官たちは迷うことなくその部署を去った。私はそのことに重きを置かなかった。というのも軍の拡大に比例して増えるのは私自身の動きの大きさであり、これらの士官たちは私の命令を運ぶことだけが目的だと考えていたからだ。実際、彼らはただの運び屋でしかなかった。もし私が常に自身で命令することができ、同時にあらゆる場所に存在し得たのならば、これは決して害にはならなかっただろう。しかし、あらゆる軍事的任務において特有である筈のこの種の士官育成システムを壊すことで、私は自分がいることのできない戦場で私の存在を埋め合わせる手段を破壊した。
 流刑中に行ったこれらの省察から、私はこの状況が我々の逆境をもたらす少なからぬ要因となったことを確信した。
註:後に多くの同階級の士官を参謀部に任命することで、この規定は変更された。だが害は及んでいた」
Vie politique et militaire de Napoléon, Tome Deuxième"http://books.google.com/books?id=i6kAAAAAYAAJ" p59-60

 なかなか興味深い。特に「自分がいることのできない戦場で」という部分などは、トラッヘンベルクプランを思い起こさせるし、プロイセンがシャルンホルストやグナイゼナウの下で作り上げてきた参謀部のシステムとの関係も気になるところ。だが何より、ジョミニがこういう見解を抱いていたということ自体が実に面白い話だ。
 ただ、この指摘がどこまで正しいのかはよく分からない。ナポレオンが参謀少佐"chef de bataillon à l'état-major"の階級を廃止したのが事実なのかどうか確認しようと思ったが、ざっと調べたところナポレオンの書簡集にそれらしいものは発見できず。また、こちら"http://www.napolun.com/mirror/web2.airmail.net/napoleon/Napoleon_tactics.htm#napoleonstrategystaff"ではナポレオンこそが近代的参謀をもたらした人物だとなっており、ジョミニとは正反対とも解釈できる指摘をしている。
 どちらにせよ、これは調べてみる価値のありそうな話だ。手間がかかりそうなので、暇なときに少しずつ調べてみることにしようか。

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