前にナポレオン漫画の描写に関して「クレベールの身長が低い」と指摘したことがある。ナポレオン自身と比べてほとんど同じに見えるのはいかがなものかと。では実際にクレベールとナポレオンの身長差はどのくらいあったのだろうか。少し調べてみよう。
Google Bookの中にLife of Benjamin Robert Haydon, Volume I."http://books.google.com/books?id=eRMGAAAAQAAJ"という本がある。同書のp166を見ると「クレベールは身長6フィート2インチで、その時代においてはイケメンだった」と書かれている。こちらのサイト"http://www.unitmarket.jp/"でメートル法に換算すると188センチ。当時においてはかなりでかい人物である。
問題は上記の本が英語文献であり、長さも英語で記されていること。実際にフランス人はクレベールの身長についてどう見ているのかを調べてみると、ナポレオン自身の証言らしきものが見つかった。ラス=カーズのMémorial de Sainte-Hélène, Tome Premier"http://books.google.com/books?id=K28uAAAAMAAJ"に、エジプト遠征中の以下のような話が紹介されている。
「ある日、ナポレオンは不満を抱いている将軍たちの一団に飛び込み、その中で最も背の高い者に向かって激しく言った。『なにやら扇情的な発言をしているようだが、私が自らの義務を果たすことに気をつけるんだな。お前の5ピエ10プースの身長も、お前が2時間以内に射殺されることを防いではくれないぞ』」
p261
ブーリエンヌ本の脚注(Mémoires de m. de Bourrienne sur Napoléon, Tome Second"http://books.google.com/books?id=88EWAAAAQAAJ" p109)によると、この「最も背の高い人物」とは即ちクレベールのことである。そしてフランスの5ピエ10プースという単位はメートル法に直せば189センチ強。上に紹介した英語文献のメートル法換算とほぼ同じになる。どうやらクレベールの身長は190センチ弱だったようだ。モルティエの6ピエ(約195センチ)よりは低いものの、かなりの長身であったことが分かる。
一方のナポレオンだが、彼の身長はこちら"http://www.napoleon-series.org/faq/c_tall.html"によると5ピエ2プース(英国の単位に直せば5フィート6インチ)、即ち約168センチだったという。裏づけとなるのはアントンマルキが行った死体の計測結果(Derniers momens de Napoléon, Tome I."http://books.google.com/books?id=WN0GAAAAQAAJ" p169)だろう。クレベールは彼より20センチは高かった訳であり、その差は傍から見ても一目瞭然だったと思われる。
ちなみに一部ではナポレオンの身長は5フィート2インチ(約157センチ)程度だったという説がある。死体のサイズを測ったセント=ヘレナは英国領であり、従って物差しも英国のものしかなかったからだ、ということを言っている人も(ネットでは)いた。だが、ナポレオンの身長を伝える史料は別にセント=ヘレナのものしかないわけではない。
1797年12月にボナパルトに面会したアイルランドの独立運動家ウォルフェ・トーンは彼の身長について英国の単位で「5フィート6インチ」と述べている(Life of Theobald Wolfe Tone, Volume II."http://books.google.com/books?id=_ccJAAAAIAAJ" p454)し、1812年出版のAn impartial history of Europe, Vol. II."http://books.google.com/books?id=aiUIAAAAQAAJ"でも、同じくボナパルトの身長を「せいぜい5フィート6インチ」(p294)としている。また、サラザンは1811年出版の本で「5ピエ2プース」と記している(Confession du Général Buonaparté a l'abbé Maury"http://books.google.com/books?id=jIovAAAAMAAJ" p228)。
英国の5フィート2インチに相当するフランスの長さは4ピエ10プースだが、ナポレオンはブリエンヌの幼年学校を卒業する時点で既にこの身長に達していたことも、157センチ説を疑う理由となる。Europäische Annalen"http://books.google.com/books?id=xJU1AAAAMAAJ"のp104に、パリ士官学校に行く前のナポレオンについて記した文章が引用されているが、この時点で彼の年齢はまだ14歳前後。その後、成人するまで全く身長が伸びなかったと考えるのは流石に無理がある。
このナポレオンの身長は、同時代人と比べると平均より少し高い程度だったようだ。こちら"http://epub.ub.uni-muenchen.de/54/1/france.pdf"では当時の徴兵資料を基に調べた男性の平均身長の推移について研究しているが、p22下のグラフを見るとナポレオンが20歳を過ぎた1790年ごろのフランス人平均身長は165センチ弱となる(最も軍隊ではあまりに小さすぎる男性は徴兵対象から外されていた可能性もあるため、この数字を鵜呑みにするのも拙そう)。いずれにせよナポレオンは決してちびではなかった。
ついでにドゼーの身長についても調べてみたが、実態はよく分からない。例えばラヴァレットは「彼は身長が高く」(Mémoires et souvenirs du comte Lavallette, Tome Premier"http://books.google.com/books?id=UAZbAAAAQAAJ" p143)と述べているが、一方でナポレオンは「私より1プースほど小さかった」(Napoléon en exil, Tome I."http://books.google.com/books?id=vHUuAAAAMAAJ" p258)と話している。もしナポレオンの指摘が正しいなら、ドゼーの身長は約165センチ程度だったことになる。ドゼーとクレベールはナポレオンが「最も優秀な部下」としてよく並べて言及しているのだが、彼らを本当に並べていたら見た目はただの凸凹コンビ、だったのかもしれない。
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