回想録の正誤

 先日のナポレオン漫画感想で、アレキサンドリアからナイル河までの行軍についてどの師団がどこを経由したかについて回想録によって違うことが書かれている、と指摘した。より正確に言うなら、サヴァリーの回想録だけが違うことを記している、というのが正しい。Mémoires du Duc de Rovigo, Tome I."http://books.google.com/books?id=wbMUAAAAQAAJ"には、以下のような文章がある。

「軍はアレキサンドリアを奪還した同じ日の夜にその街を出発した。それは5個師団から成っており、それぞれドゼー、ボン、レイニエ、デュギュア、そしてクレベールに代わってヴィアルが指揮を執っていた。
 後者の3個師団はアレキサンドリアからアブキールを経てロゼッタへ向かう道をとった。残る2個師団はアレキサンドリアからダマンフールへ向かった」
Mémoires du Duc de Rovigo, Tome I. p39

 一方、ミオーはMémoires pour servir à l'histoire des expéditions en Égypte et en Syrie"http://books.google.com/books?id=b09VI5vVdlQC"で以下のように書いている。

「収穫月17日(7月5日)、ドゼー師団は案内人と伴にドゥメヌールを経由してナイル河へ向け出発した。他の師団(ロゼッタ奪取に向かったデュギュア将軍の師団を除く)はドゼー師団に続いた」
Mémoires pour servir à l'histoire des expéditions en Égypte et en Syrie. p24

 ドゥノンのVoyage dans la Basse et la Haute Egypte, Tome I."http://books.google.com/books?id=dxMGAAAAQAAJ"も「デュギュアが指揮するクレベール師団は、ナイルを遡る船団を守るためロゼッタへの道をとった」(p38-39)と記しており、基本的にデュギュア師団だけがロゼッタを経由したと指摘している。サヴァリーのように3個師団がロゼッタへ向かったとは書いていないのだ。

 実際はどうだったか。ナポレオンの書簡集を確認すると、ミオーやドゥノンの指摘が正しいことが窺える。Correspondance de Napoléon Ier, Tome Quatrième"http://books.google.com/books?id=9lcuAAAAMAAJ"を見ると、まず7月3日付のベルティエ宛の手紙に「ドゼー将軍が師団と伴にアレキサンドリアからカイロへ向かう道路上3リューの場所にあるエル=ベイダ村へ向かったことをボン将軍に知らせてほしい」(p194)という文章が発見できる。エル=ベイダ(またはベダ)はダマンフールへの途上にあり、まずドゼー師団がダマンフールへ向かったことが分かる。
 次はレイニエ師団だ。7月4日付のベルティエ宛の手紙に「現在ドゼー将軍がいるエル=ベイダ村に向けて真夜中に出発するよう、レイニエ将軍に命令を伝えるように」(p203)と書かれている。3番手はムヌー師団で、同日付のドゼー将軍への手紙には文末に「ムヌー師団は、レイニエ師団の後を8時間遅れて追随する」(p204)となっている。
 ボン師団に対してはアレキサンドリアを出発する時点の命令が見当たらない。だが、7月9日にダマンフールでボナパルトがボン将軍に宛てて出した手紙はある。その中でボナパルトは「司令官もまた明後日に徒歩騎兵全てと伴にダマンフールを出発する。彼らはそなたの師団と伴に出かけるだろう」(p231)としており、ボン師団がこの時点でダマンフールにいたことが窺える。つまり、ボン師団もやはりダマンフール経由でナイル河へ向かったのだ。
 ボン師団がいつアレキサンドリアを出発したかについてはドゲローの回想録Guns in the desert"http://books.google.com/books?id=CwrqPAUarO0C"に記されている。p11に「収穫月19日(7月7日)。ボン師団と、私が指揮権を与えられた軽砲兵は、参謀部と一緒に行軍した」とあり、ダマンフール経由で移動した各師団の中でボン師団が最後に出発したことが分かる。
 海沿いにロゼッタ経由で移動したのは、結局のところミオーやドゥノンが記しているようにデュギュア師団だけだ。7月5日付のデュギュア将軍への手紙には、クレベール師団の指揮を臨時にデュギュアに委ねることに加え「デュギュア将軍は指揮する師団と伴に今夕5時に出発し、アブキールを経てロゼッタへ向かえ」(p211)との文言が確認できる。

 要するに、この件に関してはサヴァリーは間違っている、という結論でいいだろう。なぜこんな間違いを仕出かしたのか、その理由は分からないが。

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