オリアン号とトナン号

 ふははははは、長谷川マジック敗れたり。

 ナポレオン漫画は長々と続いてきたアブキール海戦がようやく終了。というか今月号も半分くらいはまだ海戦関連の話が続いている状態だ。どんだけ好きなんだ、海戦。
 とにかく海戦はあまり詳しくないのでパス、ばかりしているのも問題だろうと思い、いくつか調べてみた。一つはオリアン号の爆発、もう一つはトナン号のデュプティ=トゥアル艦長についてだ。そこで冒頭の「長谷川マジック敗れたり」につながってくる。

 オリアン号の爆発について記している一次史料を探したところ、一つ見つけたのがCorrespondance inédite, officielle et confidentielle de Napoléon Bonaparte, Egypt. Tome Premier"http://books.google.com/books?id=pnQOAAAAQAAJ"。1819年に出版されたもので、後に第二帝政下で編纂されたナポレオン書簡集とは異なりナポレオン自身の記録だけでなくナポレオン宛に書かれた記録も載っているのが特徴だ。
 同書p436からはガントーム(ブリュイ提督の参謀長)がボナパルト宛に記したアブキール海戦の報告書(1798年8月2日付)が掲載されており、その中にオリアン号の最後に関する言及も見られる。

「あらゆる場所が炎上したオリアン号は、我々が同艦を離れた約半時間後の[午後]10時半に[爆発で]空中に跳び上がった(sauta en l'air)」
p439

 空中にジャンプしたんだそうだ、あの巨大な戦列艦が。漫画では大規模な爆発として描き出されていたが、実際の目撃者証言では船自体が跳ね上がるように見えた、ということだろう。もちろんガントームが大げさに書いている可能性はあるんだが、それでも軍人の書いた報告書の方が漫画家の描写より派手であることは間違いない。まさに長谷川マジック敗れたり。史実より派手であってこその長谷川マジックでしょ。

 続いてトナン号の艦長に関する話。彼が獅子奮迅の働きを見せたのは事実のようだが、どのような怪我をしたかについては異なる記録が見つかる。一つはCopies of Original Letters from the Army of General Bonaparte in Egypt"http://books.google.com/books?id=lvMpAAAAYAAJ"に載っているプシールグ(エジプト遠征軍に所属していた民間人)の手紙だ。

「同艦を指揮していたデュ=プティ=トゥアルは、砲弾によって両脚を持っていかれた」
p147

 一方、英国側としてこの海戦に参加したソーメアズはその回想録Memoirs and Correspondence of Admiral Lord De Saumarez"http://books.google.com/books?id=phUMAAAAYAAJ"の中で以下のように述べている。

「トナンのデュ=プティ=トゥアル艦長は、最初に両腕を、それから片脚を吹き飛ばされた。死に臨んでの彼の命令は『決して降伏するな!』であった」
p225-226

 プシールグもソーメアズも直接トゥアルの死を見ていた訳ではなさそうなので、どちらが正しいのかというと正直答えづらい。ただ、トゥアルの死に様が壮絶なものであったことは間違いなさそうだ。実際、ボナパルトも彼の死に感銘を受けたようで、同年8月29日にはカイロの主要な通りにデュ=プティ=トゥアルの名をつけるよう命じている(Correspondance de Napoléoon Ier, Tome Quatrième"http://books.google.com/books?id=yFkhOakcQFkC" p432)ほか、1799年12月にも彼の姉妹に対して1000フランを与えるよう命じている(Correspondance de Napoléoon Ier, Tome Sixième"http://books.google.com/books?id=LjMjAAAAYAAJ" p57-58)。
 漫画でもトゥアルの艦、トナン号が最後まで戦っている様子が描かれている。だが、実際にはマストを失っていたトナン号は最後に英軍に対して降伏している。この艦の降伏をもって、アブキールの海戦は終了したようだ。

 アブキールの後はダマンフールへの行軍。このあたり、前にも指摘したが史実と比べて時間関係が完全に前後しているので注意が必要だ。クレベールがアレキサンドリアに残ったのは史実通りで、実際に8月に行われたアブキール海戦に関する報告書をカイロにいるボナパルト宛に書いていたりもする。次に彼にスポットライトが当たるのはシリア遠征が始まってからだろう。一方、ドゼーはこれからしばらくは目立つだろうが、上エジプト遠征を始めると脇に追いやられそうだ。

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