サン=シール回想録

 以前グーヴィオン=サン=シールの回想録の一部がgoogle bookで読めないと書いたことがあったが、最近になって確認してみると読めるようになっていた。前からMémoires sur les campagnes des armées du Rhin et de Rhin-et-Moselle(全4巻)やJournal des opérations de l'armée de Catalogne(全1巻)は読めたものの、Mémoires pour servir à l'histoire militaire sous le Directoire, le Consulat et l'Empire(全4巻)については一部の巻しか読めなかったのだ。
 いつから読めるようになったのかは不明だが、以下のリンクを見れば分かる通り、今では全4巻ともgoogle bookに掲載されている。

Tome Premier
"http://books.google.com/books?id=9KwWAAAAQAAJ"
Tome Deuxième
"http://books.google.com/books?id=Ba0WAAAAQAAJ"
Tome Troisième
"http://books.google.com/books?id=prAWAAAAQAAJ"
"http://books.google.com/books?id=jMm_U1GMSxIC"
Tome Quatrième
"http://books.google.com/books?id=Bq0WAAAAQAAJ"
"http://books.google.com/books?id=T99nGiTPslUC"

 そこで調べてみたのが、Ramsay Weston PhippsがThe Armies of the First French Republic, Volume II.で紹介していた「皇帝のドゼーとクレベール評」。ナポレオンはこの二人についてはセント=ヘレナでも散々言及しているのだが、サン=シールが記しているのは1812年時点での発言であり、取り巻く環境が異なっていた時期に皇帝が何と言っていたのかは興味深いところだ。第三巻のp47-48に載っている文章を翻訳してみよう。

「第6軍団司令官[グーヴィオン=サン=シール]はこの面談のことを決して忘れないだろう。その時、ナポレオンはかなり投げやりになっているように見えた。彼は革命戦争で名声を得たフランスの将軍たちと、彼の元帥たちについて、生きている者も死んだ者も含め、それぞれに評価を下し、称賛したり批判したりした。彼は、間違いなく好きな相手ではなかったクレベールを、大いに褒めた。その中で皇帝は、クレベールの中には聖なる炎が石のように濃縮されていたがその火花を散らすためには彼を[火打石のように]打ちつける必要があった、と述べた。皇帝はさらに、友情というよりは博愛の情を保ち続けていたドゼーについて長く言及したが、どうやら彼の方がより好ましいと思っているようだった。サン=シールは驚きを表明した。戦争のやり方においてはクレベールの方がより皇帝に類似していたという事実があったためだ。ドゼーは他方[クレベール]に比べてより小規模な作戦、前哨戦、そして前衛戦闘に適しており、皇帝が遂行するのに手馴れていたような決定的戦いが明らかに必要と見られた時でも彼はほとんど決して全てを投入することはなかった。[サン=シールの指摘に]皇帝は答えた。『その通り、ドゼーにはそういう欠陥があった。だがそれは私が十分に矯正しており、彼は完全にやり方を変えていた』」

 ここに書かれている評価は、基本的にセント=ヘレナにおける評価と変わらない。環境が変わっても発言内容はブレなかったのだ。少なくともこの2人に関しては、ナポレオンはポジション・トークをせずに正直に思ったことを口にしていたと考えてもよさそう。
 それにしても、マレンゴの英雄ドゼーはともかく、遺体のフランス上陸を拒むほど嫌っていたクレベールに対して、なぜナポレオンはこれほど高い評価を与えたのだろうか。人間的には気に食わんが実力は評価する、という姿勢の表れなのだとしたら、皇帝陛下は意外と公平な人物だったということになる。

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