WBCは第二ラウンド終了。SABRmetrics関連のデータ分析もやってみたいのだが、その前にまず現時点で「スモールベースボールは短期決戦に有利」という一部で唱えられているテーゼが正しいのかどうかを調べてみよう。普通に書くのもアレなので、今回は対話形式で。スモールベースボール信者のスモールさん(以下ス)と、マネーボール信者のマネーさん(以下マ)が登場する。
ス「第二ラウンドまでのデータを調べてみたが、日本は盗塁が9個、犠打が4個で、いずれも出場16チーム中最多だ。そしてチーム自体はプール1を1位通過し、決勝ラウンドに進んでいる。これこそスモールボールが有効であることの証だ」
マ「たった1チームの成績だけで極論しないように。日本と同様、他の15チームだって短期決戦を戦っているんだから、それも検討対象にするべきだろう」
ス「他チームに話を広げても同じなのだよ。決勝ラウンドに進んだチームを見ると、韓国の盗塁数は8で日本に次ぐ2位。米国とベネズエラはいずれも6で3位タイだ。韓国は犠打数も3と日本に次ぐ2位。やっぱスモールボール最強~」
マ「犠打数で日韓に次ぐ3位のイタリア(2回)は第一ラウンドで敗退しているけどな。そもそも試合数の違うチームの成績を累計の数で比較することに意味はないだろう。1試合あたりの犠打数で見ればトップはイタリアの0.67になるし、3位には南アフリカ(0.5)、5位にはオーストラリアとドミニカ(0.33)という第一ラウンドで敗退したチームが入る。一方、ベネズエラと米国は0.14で同率11位だ。犠打が多いからといって勝ち残っているとは言えないんじゃないか」
ス「犠打だけじゃなく、盗塁もまとめて見てくれ。スモールボールは犠打だけじゃなく盗塁も含めた小技で勝負するのがキモなんだから。1試合あたりの盗塁数+犠打数を見れば日本は1.86でトップ、韓国が1.57で2位、ベネズエラと米国はいずれも1で4位タイだ。つまりスモールボールを使いこなすチームこそが短期決戦で勝ち上がっているんだよ」
マ「なんだってー。というか盗塁を入れるなら盗塁失敗も数も含めるべきだろう。そうするとベネズエラは7位に転落し、イタリアや中国より下になるけどな。ベネズエラは勝率だけなら16チーム中で最高(6勝1敗)だぜ」
ス「7位なら16チームの中では上位半分に入っているから問題ない。失敗しても積極的な走塁を仕掛けることで相手投手を揺さぶり、それが勝利につながっていくことが分かるじゃないか」
マ「たとえ相手投手を揺さぶれるとしても、それは自チームの得点にしか関わらない。失点とは無関係だ。でも勝敗は得点と失点の両方で決まる。スモールボールの有効性を議論したいのなら、勝敗ではなく自チームの得点に与える影響を見るべきだろう。日本は1試合あたりの(盗塁+盗塁失敗+犠打)は2.29でトップだが、1試合あたり得点は5.14で8位に沈む。逆に1試合あたり得点が7.83と最も多いメキシコは、盗塁+盗塁失敗+犠打の数は1で8位タイだ」
ス「いやいや、それでも一定の傾向は見られるんだよ。盗塁+盗塁失敗+犠打、面倒だから以後『SB数』と呼ぶけど、1試合あたりSB数が1を超えるチームの平均1試合得点は4.63、1を下回るチームは2.94だ。SB数の多いチームの方が得点力があることが分かるだろう」
マ「SB数がちょうど1のチームは5.06で、1超のチームよりSB数は少なくても得点力は高いことになるぜ。もっと正確にやるなら相関性を調べる手がある。サンプル数が少ないからあまり当てにはならないが、1試合あたりSB数と1試合あたり得点の相関性は0.307。相関性は1に近いほど高く、0に近いほど低いのだから、この数字は正直かなり悪いな」
ス「で、でも正の相関があるのは確かだろう。盗塁や犠打がプラス効果を持つことは否定できないじゃないか」
マ「もう一つ忘れてはならないのが、盗塁も犠打も走者がいなければできないという点だ。各チームの走者数を安打-本塁打+四球+故意四球+死球で計算し、SB数が走者数の何%を占めるかを調べてみると、トップに来るのは日本じゃなくて中国(23.5%)だ。一方、中国の1試合あたり得点は1.33で16チーム中14位。走者がいる時に最も積極的にスモールボールに取り組んでいたチームは、1試合に1点ちょっとしか取れないチームだったんだよ」
ス「なんだってー。いやしかしちょっと待ってほしい。それこそたった1チームだけの話じゃないか。他の15チームはどうなんだ」
マ「中国に次ぐ日本(17.0%)は5.14点の8位、次の韓国(12.9%)は5.71点で6位、パナマ(11.1%)に至っては得点0でどん底最下位だし、プエルト=リコ(10.2%)も5.17点の7位に過ぎない。一方、最も得点力のあるメキシコは7.41%で10位、二番目に得点力があるオーストラリア(7.33点)は7.0%で12位だ。走者数に占めるSB数の割合と1試合あたり得点の相関性を調べると、-0.127。残念ながら負の相関だ」
ス「負の相関といってもほとんど0と同じだろう。得点との相関性が薄いとは言えるが、得点にマイナスの影響とまでは言えないんじゃないのか」
マ「無関係と認めた時点でスモールボールの有効性を否定するのと同じことだけどな。何よりスモールボール派にとって厳しいのは、圧倒的に高い正の相関を持つ他の指標があることだ。代表例が出塁率に長打率を足したOPSで、WBCでのOPSと1試合得点の相関性は実に0.940に達する。OPSはスモールボールに批判的なマネーボール派がよく使う指標だ。同じくマネーボール的指標の一つであるRC27を使えば相関性は0.948。これまたとても高い数値だな」
ス「……」
マ「日本のOPSは.750で全体9位。1試合得点は8位だから大体似たような順位だ。得点最多のメキシコはOPSも.979でトップだし、1点も取れずに大会を去ったパナマはOPSも.454で最下位。短期決戦であってもマネーボール指標は十分に役立つことが分かる」
ス「と、得点だけならそうだが、日本は投手力が優れているのが特徴なんだ。スモールボールってのは投手力も含めたもの。投手力の強い日本なればこその戦術だ。投手力が弱い外国チームまで含めて計算したら相関性がなくなるのも仕方ないんだよ。日本ならではの戦術と考えていい。日本にとって有効なら、それは正しい戦術なんだ」
マ「他チームと同じルール、同じボールでプレイしているんだから、日本だけ特別扱いする理由はないと思うがな。それでも日本だけが独特なのだと主張したいなら、NPBの成績で検証してみよう。2008シーズンの12球団の得点と、上で計算した走者数に占めるSB数の割合で相関性を調べると-0.158になる。WBCの16ヶ国で計算したのとほとんど変わらない。WBCでスモールボールが役に立っていないのと同様、NPBでもスモールボールは役に立っていないってことだ」
ス「……」
マ「ちなみに08シーズンのNPBで得点との相関性が高いのはやはりOPSで、実に0.929に達している。長丁場のシーズンでも、WBCのような短期決戦でも、やはり得点に直結しているのはOPSだ。どの国の野球においても、犠打や盗塁より四球や長打の方が重要なんだよ」
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