階級ふたたび

 ナポレオン時代の軍隊内階級問題について、一次史料になると思われるものを一つ発見したので紹介しておこう。1803年8月9日にナポレオンが発した命令の中に以下の一文がある。

「各半旅団には一人のcolonel en secondと一人のmajorを配置する。半旅団(demi-brigade)の名称を連隊(regiment)に変更せよ。majorの階級を設置し、chef de brigadeの名称を廃止してcolonelにせよ」
Correspondance de Napoleon Ier, Tome huitieme"http://books.google.com/books?id=KXAPAAAAQAAJ" p452

 革命期に採用された「半旅団」の名称が廃止され、古い名称である「連隊」を復活させた命令だが、同時にいくつかの階級についても言及している。一つはmajorという階級を設立すること、そしてもう一つがchef de brigadeという名前をcolonelに変更するという部分だ。後者は革命前の呼称に戻すだけなので話としては簡単だが、問題は前者。
 ナポレオンが言及しているmajorとは、おそらくgros-majorのことだろう。なぜgrosがつくのかと言えば(あくまで私の想像に過ぎないが)この時期にadjudant major("http://books.google.com/books?id=J8EUAAAAYAAJ"のp334)という階級もあったからだと思われる。adjudant majorは大尉(capitaine)の下の階級なので、それよりも高い階級としてgrosという表記がなされたのではなかろうか。1815年以前にgros-majorと表記している事例もいくつかある("http://books.google.com/books?id=pfwTAAAAQAAJ"のp300や"http://books.google.com/books?id=aUkUAAAAYAAJ"のp294、"http://books.google.com/books?id=vpoBAAAAYAAJ"のp36など)。
 以前に紹介した話からも、gros-majorがcolonelより下でchef de bataillonより上の階級であることはおそらく間違いないだろう。ナポレオンの命令でも連隊士官に関する言及をしているので、大隊指揮官であるchef de bataillonより上の階級について述べていると考えてよさそう。実際、騎士フランソワ・ボニのように革命期の1797年に大尉(capitaine)となり、第一帝政期の1806年にchef de bataillon、1811年にmajor、1813年に大佐(colonel)へ昇格した事例もある(Georges Six"Dictionnaire Biographique..., Tome I" p129)。
 もう一つ、ナポレオンの命令で気になるのは何の説明もなしにcolonel en secondという階級が登場しているところだ。実はナポレオンはcolonel以外に、例えばcapitaine en second("http://books.google.com/books?id=F2guAAAAMAAJ"のp551や"http://books.google.com/books?id=xghoAAAAMAAJ"のp442)やmajor en second("http://books.google.com/books?id=YAloAAAAMAAJ"のp185)といった表記もしている。
 おそらく同じ階級の中でも下位に位置する立場の者をen secondと呼んだのではないかと思われる。colonelならen premierがいて、それより下位の者はen second。majorでもcapitaineでも同じようにen premierとen secondがいた。前に紹介した文献ではcolonel en secondという階級は1809年に作られたとあったが、それ以前から階級ではないかもしれないがcolonel en secondという表現自体はあったことが分かる。

 さて、以上を踏まえて色々なところで紹介されているこの時代の階級について調べてみよう。まず問題なのがChandlerの"The Campaigns of Napoleon"に掲載されている階級一覧。困ったことに彼が紹介しているのはナポレオン戦争期の階級ではなく、本が書かれた時点のフランス軍の階級だ。だからナポレオン時代に存在しないGeneral d'armeeとかGeneral de corps d'armeeがあるし、革命期に廃止されて1815年まで復活しなかったLieutenant Colonelも存在する。一方でgros-majorとかmajorという階級は陰も形も見当たらない。実に役に立たない一覧だ。
 英語wikipediaのGrande Armee"http://en.wikipedia.org/wiki/La_Grande_Arm%C3%A9e"はChandlerよりはマシだがそれでも疑問を覚えるところがいくつかある。上で取り上げたcolonel en secondをLieutenant Colonel(中佐)としているが、1815年にLieutenant Colonelと名称が変わったのはgros-majorであってcolonel en secondではない。フランス語wikipedia"http://fr.wikipedia.org/wiki/Lieutenant-colonel"にも第一帝政下で中佐の地位はmajorになったと書かれており、英語wikipediaとは異なる。
 そもそも英語wikipediaにはmajorという階級が完全に欠落している。最初に紹介したナポレオンの命令にあるように1803年にmajorという階級が設立されたのは事実だから、それが載っていないwikipediaは不完全だと言えよう。
 では日本語wikipediaは? これが意外なことに今まで上げた事例の中ではもっとも真っ当なことを書いているのだ。colonel en secondは安易に中佐とはせず「2等大佐」と記し、現在の米陸軍に該当する階級はないとしている(本当にないのかどうか私は知らないが、少なくとも中佐を当てるよりはマシ)。またmajorもきちんと存在し、それが現在の中佐に相当することも書かれている。
 敢えて問題を挙げるなら、colonel en secondが1803年までchef de brigadeだったと記している部分だろう。ナポレオンの命令を見る限り、1803年にchef de brigadeはcolonelに変わったのだから、本当はcolonelの欄に「連隊長(chef de brigade)1793-1803」と書いておくべきだろう。ただしこの点については英語wikipediaも間違えているので、特に日本語wikipediaだけが酷いわけではない。
 ただ、個人的には日本語wikipediaに乗っている階級の邦訳には微妙な違和感を感じる。いや、かなり良心的でフランス語の原文に配慮した邦訳になっていると思うのだが、果たして読者にとって分かりやすいだろうか。師団将軍や旅団将軍という言葉も今一つこなれていないし、2等大佐の下にいきなり少佐が登場し、さらに大隊長を挟んで大尉につながるという階級を、日本の読者がすぐ理解できるだろうか。まだmajorを中佐、chef de bataillonを少佐と翻訳した方が、読者にとってはすっきりと腑に落ちるのでは。
 この手の翻訳に絶対の正解はない。だから日本語wikipediaの訳語だってアリだろう。あとは翻訳する人がどの言葉を選ぶかの問題だ。

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コメント

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RAPTORNIS
大陸軍のmajorがイギリス軍のlieutenant colonelに相当する階級だとするのはAdkin著のThe Waterloo Companionなどの書籍の階級表でも挙げられていますが、ここで疑問なのは、軍隊の階級とは国際的に共通なものであり、例えばイギリス軍とフランス軍が交渉する場合、フランス軍のmajorがイギリス軍ではどのような扱いを受けたかという点が気になります。
Chandlerの著書ではフランス軍のgeneral de divisionがイギリス軍のmajor generalに、前者のgeneral de brigadeが後者のbrigadier generalに相当するとなっていますが、general de divisionがlieutenant generalに、general de brigadeがmajor generalとしている本も多いです。ナポレオン時代のイギリス軍について、brigadier generalという階級が見当たらないのですが(少なくとも自分の読んだ書籍では)、やはり現代と当時の英仏両軍では、対応する階級が異なっていたのでしょうか。

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desaixjp
ウェリントンの書簡集にbrigadier general宛ての手紙がいくつもあります(一例"http://books.google.com/books?id=LVdkAAAAMAAJ"p199)ので、brigadier generalという階級自体は存在していたのではないでしょうか。もっともそれがフランス軍のどの階級に相当するかはよく分かりません。たとえば捕虜交換などの際にどういう運用がなされていたのか、誰か調べている人はいないもんでしょうかね。

No title

ber**ret
colonel en secondは、大佐の階級の中で給料の2番目を指すのではないでしょうか。
Napoleon’s Infantry Handbookのp125にcolonelとcolonel in 2ndの日当の違いが載っています。
https://books.google.co.jp/books?id=1PGZBgAAQBAJ&pg=PA61&lpg=PA61&dq=Napoleon%27s+Infantry+Handbook&source=bl&ots=zSy8oAFelT&sig=km2eYWX0LkapfDhNKTtdOzbzUA4&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwiI_fnt4IbLAhUCL6YKHZCRDTkQ6AEIMDAC#v=onepage&q=colonel%202nd&f=false

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desaixjp
情報ありがとうございます。
colonel en secondについてはこちらでも少し調べなおしてみたので、後でエントリーをあげることにします。
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