リニー速報その1

 ドルーオ演説が紹介されている中でも古い文献として前回紹介したSupplement au recueil des decrets, manifestes, discours, etc. de Napoleon Bonaparteの中には、ワーテルロー戦役当時にパリで報じられていた(と見られる)記事の写しも紹介されている。その中にリニーの戦いについて記したものが3つほどあったので紹介しよう。詳細な経緯などは書かれていないが、当時の雰囲気は伝わるのではないだろうか。まずは1つ目の記事。

 1815年6月19日
 パリ、6月18日
 フルーリュス、6月17日午前4時
 昨日の戦いは午後10時まで長引いた。我々は、恐ろしい被害を蒙った敵をいまだに追撃中である。これまでに得た捕虜は8000人、大砲は20門、軍旗数旒になり、リュッツォウ伯を含む多くの士官を狙撃した。皇帝が親衛隊と伴に行った機動で奪ったサン=タマン及び他の村々で、夜明けに多くの兵を集めたと見られる。老親衛隊の擲弾兵と猟兵は敵の集団を殺戮し、[味方は]ほんの少数を失っただけだった。
 帝国親衛歩兵による銃剣突撃が戦いの帰趨を決めたと見ていい。
 敵の数は極めて多かった。
 我が兵たちの熱狂は、これまで見たことがなかったほどだった。
 戦闘に向かう縦隊も、包帯をして戻ってくる負傷者も、皇帝万歳! の叫びを止めることはなかった。
Supplement au recueil de decrets, &c."http://books.google.com/books?id=eqtWAAAAMAAJ" p296

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