こちらの本"http://sciencei.sbcr.jp/archives/2008/11/post_13.html"読了。分岐学に関する入門書のようなものだが、ちょっと食い足りない印象が残った。
書かれている中身は真っ当だと思う。最新の研究成果をいくつか紹介しているが、力点を置いているのは紹介そのものではなくその研究の背景にある科学的な思考方法の説明だ。なぜそのような研究成果が得られたのか、研究者はどのような思考を積み重ねて結果を導き出したのかについて、懇切丁寧に噛み砕いて磨り潰して長々とくどくどと説明している。正直言って、うんざりする場面もあった。
著者が指摘する思考方法は分岐学に関するものだが、要するに説得的議論をするためのやり方について具体例を示したものと言っていいだろう。歴史学でもきちんと史料批判された一次史料に基づき、論理的に議論を展開することが必要だとされているが、著者が進化論について言っていることも基本は同じ。きちんと検証を経たデータに基づき、そのデータから論理的に推測できる結論を導く。その際にどのような点に気をつけるべきなのか、具体的な研究事例に基づいて解説しているのがこの本だ。
まず最初に出てくるのは、裏づけとなるデータの数の多寡によって仮説の妥当性を評価するという話。それぞれのデータについてその重要性を価値付けできない場合は、裏づけデータの多い仮説の方がより説得力があるという話だ。ナポレオニック関連で言えば、リニーの戦い前にプロイセン軍と英国軍の司令部間で行われた話し合いに関するHofschroerの指摘"http://www.asahi-net.or.jp/~uq9h-mzgc/g_armee/brye.html"がその例に当たるだろう。
次のテーマがデータの重要性だ。仮説を支えるデータ数が少なくてもそのデータが決定的なものであることが立証できれば、重要性が低い他のデータに支えられた仮説よりも正しい可能性が高まる。著者が取り上げている例はクジラとカバの類縁性に関する研究で、そこで決定的なデータとして紹介されているのがSINE法"http://www.evolution.bio.titech.ac.jp/f_research/phylo/cetartiodactyla.html"である。本では初心者向けにかなり簡略化した説明をしているのだが、要するに「SINEのコピーはゲノム中のある位置に挿入されると抜け落ちることがほとんどない」という特徴こそがキモなのだろう。
さらに、SINE法が利用できない「祖先多型」についても説明している。個人的にはこの本の中でも一番面白かった部分の一つ。短期間に一気に適応放散した場合などは、その分岐を流れを把握するのが難しい理由の一つがこの「祖先多型」にあるのだろう。本ではヒゲクジラの分岐を例に挙げている。ところで真核生物の6大グループへの分岐もうまく流れが把握できていないようなのだが、これも祖先多型が理由なのだろうか。
第二章では、データによって分岐を調べる際には新しい特徴に注目すべきと指摘。このあたりは整理された議論をあまり読んだことがなかったので参考になった。もっとも現実への応用となるとなかなか難しそうだが。
第三章ではデータを増やすことが大切だと話している。全くもってその通りだし、だからこそ現代史の分野では研究者が関係者の証言を集めるべく東奔西走している。もちろん集めるデータは意味のあるものでなければだめだが、意味のあるデータの量が増えればより多角的に検証することが可能になり、より妥当な仮説に近づくこともできる。問題は、古い時代になるほど新たなデータを積み上げるのが難しくなること。ナポレオン時代であればまだ未公開の回想録もあるようだし、アーカイヴに埋もれている史料も存在するだろう。でもこれが古代ローマあたりになると、果たしてどうだろうか。
第四章ではグールドに対する批判と、節足動物の進化に関する最近の仮説の紹介が面白いところ。グールドの「ワンダフルライフ」"http://ja.wikipedia.org/wiki/ワンダフルライフ_(書籍)"に対する批判などは深く考えさせられるところがある(グールドの本自体は面白かったし私も大いに影響を受けたのだが、何でも信じ込んでしまうのは拙いということだろう)。節足動物の進化については、アノマロカリスのような頭部の付属肢こそが原初的特徴との見方が面白かった。
著者は単なるライターではなくイラストレーターでもあるようだ"http://www5b.biglobe.ne.jp/~hilihili/"。この本でもイラストが多用されており、そのあたりが初心者向けの印象を強めている。進化論とか分岐学に詳しい人にとっては千円近い金を払ってまで買う意味はあまりなさそうで、むしろそうした分野に詳しくない人や中高生あたりに読んでもらいたい本だろう。問題は、進化や分岐に興味のない人がこうした本に千円も払ってくれるかどうか。となると、ここは中高生に買わせて勉強させ、科学的思考法を身につけさせるのが一番だろう。
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