敬礼!(その4)

 これまでいくつかナポレオン時代の挙手の礼について紹介してきた。一つはAnthony Brett-Jamesの"Europe against Napoleon"に記されている「そこで私は控室の椅子に私の外套を置き、礼儀正しい態度で前へ進み、剣の横にぶら下げた左手に報告書を持ちながら右手で敬礼した」(p104)という記述。これは1813年戦役について記述した士官の回想録だ。
 もう一つはWith Napoleon at Waterloo"http://www.archive.org/details/withnapoleonatwa00macbuoft"に載っている「午後6時に親衛猟騎兵隊所属の士官がナポレオンの下を訪れ、その手をシャコー[筒型軍帽]まで上げ、『陛下、我々が会戦に勝利したことを謹んで陛下に申し上げます』と言った」(p184)との記録。ワーテルロー戦役の時にナポレオンの馬番をしていた人物の残した記録である。
 他にNapoleon Seriesの掲示板における議論"http://www.napoleon-series.org/cgi-bin/forum/archive2006_config.pl?noframes;read=64565"も紹介した。Emile Marco de Saint-Hilaireの本を英訳"http://www.napoleon-series.org/military/organization/frenchguard/sthilaire/c_sthilaire.html"したGreg Gorsuchが、ナポレオン時代にあった挙手の礼について3つほどその例を引用している。さらにEtienne-Alexandre Bardinが1813年にまとめた下士官向けマニュアルから挙手の礼について引用しているサイトもある。

 以上、ナポレオン戦争期のフランス軍で挙手の礼が行われていたことを示す証拠は書いてきたものだけでもそれなりの数にのぼる。そして、今回改めて調べてみるとその数はさらに大幅に増えた。まずSaint-Hilaireの本だが、Gorsuchが掲示板で触れたのを上回る数の「挙手の礼」に関する記述が見つかった。以下がその例だ。

「すぐに手を挙げそれを帽子まで運びながら、擲弾兵は『その通りです、皇帝陛下』と答えた」
Histoire populaire de la Garde imperiale"http://books.google.com/books?id=3oooAAAAYAAJ" p99

「しかしながら少佐が彼の前に来るや否や、彼はその手を高々と帽子のところまで掲げ、早口で以下のような熱弁をふるった」
p224

「『この男は他の地位に相応しい。さらばだ、我が勇敢なる兵士よ』彼[ナポレオン]は親愛の表情を見せながらそう付け加えた。
『陛下のお望みの通りに』彼は恭しく左手の甲を帽子まで挙げながら答えた」
p226-227

「この時、ロバリア中尉の大隊が参謀たちの前に到着した。ナポレオンの存在に気づいた若者は駆け寄り、剣の切っ先を下げその手をシャコーまで持ち挙げた」
p230

「『若者よ、ここで何をしているのだ?』
 フランソワは両足の踵を揃え、胸を張り、右手の甲をシャコーに当て、静かに答えた。
『陛下、私はあなたをお待ちしておりました』」
p246

「手をヘルメットまで運びながら兵士は『私は竜騎兵です、将軍閣下』と答えた」
Souvenirs intimes du temps de l'empire"http://books.google.com/books?id=SdMuAAAAMAAJ" p382

 ざっと探しただけでこれだけ見つかったのだから、Saint-Hilaireの本をもっと詳細に探せば他にも挙手の礼を示す記述が見つかる可能性は高い。
 Saint-Hilaireだけではない。有名な回想記作者の文章にも挙手の礼を示す記述がある。たとえばコンスタン。1806年にナポレオンがベルリンにいた時の話として以下のようなものを紹介している。

「軍曹(marechal-des-logis)は振り向いて皇帝に気づき、狼狽することもなくその手をシャコーまで運び、彼に向かって言った。『陛下の手を煩わせるには及びません。我々を動かすのにドラムを鳴らす必要はありませんから』」
Memoires de Constant, Tome Sixieme"http://books.google.com/books?id=L5QvAAAAMAAJ" p191

 あるいはブーリエンヌ。こちらはシリア遠征から引き上げてくる場面だ。

「私がテントへ戻るや否や、司令官[ボナパルト]の馬番だったヴィゴーニュが入ってきて、その手を帽子まで挙げ、『将軍、あなたのためにはどの馬を残しておきますか』と言った。この質問で怒りに火がついた司令官は、馬番の頭に乗馬用の鞭で乱暴な一撃を加え、恐ろしい声で言った。『全員徒歩だ、この×××! まず私が歩く。お前は命令を聞いていなかったのか? とっとと出て行け』」
Memoires de M. de Bourrienne, Tome Second"http://books.google.com/books?id=nJAFAAAAQAAJ" p252

 有名でない回想録作者の記述もある。1795年のキベロン湾上陸作戦に参加したある士官は、以下のような記録を残している。

「『この素晴らしい男が』と私は志願兵に言及しながら言った。『この素晴らしい男がそうすることを約束しましょう』。志願兵はその手をシャコーに運びながら『お任せください、大尉殿。フランシュ=コント人の信用にかけてお約束します』と答えた」
Memoire du Rouget de Lisle"http://books.google.com/books?id=h4wMAAAAYAAJ" p92

 上記は共和国側で参加していた人物の記録だが、王党派の間でも挙手の礼は使われていたようだ。以下は1814年の王政復古後にベリー公麾下の大佐が経験したことを記したもの。

「彼[公]は私の狼狽ぶりに気づき、そして私を安心させるどころかさらに口調を厳しくして私に叫んだ。膝をつけ! 私は言われた通りにして、手をシャコーに当て、サーベルの切っ先を地面に向けた」
Recueil des causes celebres, et des arrets qui les ont decidees, Tome Deuxieme"http://books.google.com/books?id=_T8ZAAAAYAAJ" p322

 革命戦争中に共和国につかまって捕虜になったことがあるエミグレの中には、以下のような経験を語っている者もいた。

「『食事の時に看守がやって来て、軽砲兵隊に所属する二人の兵が面会を求めて許可を得たと私に告げた。そして彼らが入ってきた。私が見た二人の見事な兵は、騎馬砲兵の制服に身を包み、敬意を表すため手を帽子に添えたまま、頬に涙を溢れさせていた。私は立ち上がり、彼らが誰であるか気づいた。彼らは私の連隊(旧王制下の第一連隊)にいた竜騎兵たちだった』」
Histoire des emigres francais, Tome Second"http://books.google.com/books?id=GkK9xyp4evUC" p267-268

 まだあるのだが、長くなったので以下次回。

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コメント

No title

RAPTORNIS
お久しぶりです。
敬礼についての記事は以前から拝読させていただきましたが、今回の「手をシャコ―に当て、サーベルの切っ先を地面に向けた」敬礼は興味深いです。原文は、“la main a mon schakos, la pointe du sabre a terre.”ですね。サーベルを手にしていたら、いわゆる“刀礼”の形になると思っていたのですが、この場合は手首から刀緒でぶら下げた状態で挙手の礼をしたということになるのでしょうか。刀礼については、十字軍の騎士がキリストへの忠誠を誓うため、当時使用されていた十字型をした剣のつばに接吻したことに起因する、くらいの知識しかないのですが(新紀元社出版の「武勲の刃」による)。

No title

desaixjp
以下は私の想像でしかありませんが、片方の手で腰に下げたサーベルを(切っ先が下になるように)固定、もう片方の手で挙手の礼をしたのではないでしょうか。こちらの写真"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Yiwu.jpg"のような格好だったのではないかと思います。
また「その5」で紹介した中には、抜き身の剣とか槍を持って挙手の礼をしている例があります。ただ、その場合はどちらも「左手」で挙手の礼をしています。おそらく右手には武器を持っていたのでしょう。
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