ナポレオンと元帥たち・18

 ナポレオンの元帥評。今回は「十四世紀の恋愛詩から飛びだしてきた人物」ミュラだ。デルダフィールドによれば彼は「漆黒の髪を風になびかせながら暴れ馬を駆る」「世界軍事史上屈指の颯爽とした騎兵」であり、「社交的で陽気」な性格の持ち主。一方では「あきれるほどに装飾過剰」「見栄っ張り」で「ごてごてと飾り立てた利己主義者」でもある。とにかく派手な人物だけに、彼を描き出すデルダフィールドの筆も絶好調だ。
 突撃の先頭に立っている時のミュラについてはナポレオンも高く評価している。

「騎兵のミュラ、砲兵のドルーオに匹敵する士官は世界に二人といないと信じている。ミュラは唯一の存在だ。(中略)私と伴にいる時、彼は私の右腕だった。あの方角にいる4000から5000人の敵を攻撃して粉砕せよとミュラに命じれば、彼はすぐさまやってのけた。(中略)戦場なら彼は世界で最も勇敢だっただろう。彼の沸騰する勇気は彼を敵の真ん中へ送り込み、鐘楼まで舞い上がる羽を与え、黄金の輝きを放った。(中略)彼は戦場の騎士、いや、ドン=キホーテだった」
Napoleon en exile, Tome II."http://books.google.com/books?id=LnYuAAAAMAAJ" p171

「私は彼[ミュラ]をワーテルローへ連れて行くべきだったろう。(中略)それでも彼は我々に勝利を得ることを可能にさせてくれたに違いない。戦闘の特定の瞬間において、彼がどれだけ役に立ったと思う? 彼は3つか4つの英国の方陣を打ち破っただろう。そうした仕事においてミュラは天晴れなものだった。彼はまさにそのための男だった。騎兵部隊の先頭にいる時に、彼ほど肚が据わり、勇敢で、卓越した者は存在しなかった」
Memorial de Sainte-Helene, Tome Second"http://books.google.com/books?id=zW8uAAAAMAAJ" p276

 ただし、勇気と突撃以外の軍事的側面にまで視線を向けた時、皇帝の評価はもう少し厳しいものになる。

「ミュラは並外れた勇気と、僅かな知性のみを持ち合わせていた。この二つの資質の間にある巨大すぎる不均衡が、この人物について完全に説明してくれる」
Memorial de Sainte-Helene, Tome Quatrieme"http://books.google.com/books?id=snEuAAAAMAAJ" p426

「肉体的な勇気に関して言えば、ミュラとネイが勇敢でないということは不可能だ。しかし、彼らより劣る判断力の持ち主もいない。特に前者はそうだ」
Memorial de Sainte-Helene, Tome Second"http://books.google.com/books?id=zW8uAAAAMAAJ" p47

「ミュラは敗北時には無能で臆病な人間だった。彼は砲撃下においてのみ優れていた」
Talk of Napoleon at St. Helena"http://www.archive.org/details/talkofnapoleonat007678mbp" p161

「ミュラは戦役においてどう行動すべきかについてネイよりはよく知っていたが、結局のところ彼はとてもお粗末な将軍だった。彼はいつも地図の助けなしに戦争を行った。(中略)かわいい女性がいると知っている城館に司令部を置くため以外にミュラがやらかした失敗が、果たしてどれほどあっただろうか! 彼は毎日、女性を近くに置かなければ気が済まず、そのため私は将軍たちが恥ずべき女性を連れて歩く習慣を容認しなければならなかった」
Talk of Napoleon at St. Helena"http://www.archive.org/details/talkofnapoleonat007678mbp" p221

 戦場に愛人を連れて行った人物としてはマセナが有名なのだが、ナポレオンの指摘を見る限り本来その悪癖を始めたのはミュラのようだ。マセナだけが批判されるのは不公平だと言えよう。
 さらに皇帝は、戦場を離れたミュラに対してはっきりと否定的見解を述べている。

「ミュラは、ネイのように、戦場では敵はいなかったが、それ以外の全ての時には愚行しかしなかった」
Talk of Napoleon at St. Helena"http://www.archive.org/details/talkofnapoleonat007678mbp" p191

「しかし彼を執務室に入れると、判断力も決断力もない臆病者になった」
Napoleon en exile, Tome II."http://books.google.com/books?id=LnYuAAAAMAAJ" p171-172

 そして、ミュラを引き立てすぎたことは失敗だったと悔やんでいる。

「私は彼[ミュラ]を元帥のままにとどめておき、決してベルク大公に、ましてやナポリ王にするべきではなかった」
Talk of Napoleon at St. Helena"http://www.archive.org/details/talkofnapoleonat007678mbp" p221

「彼は我々がここ[セント=ヘレナ]にいる主な理由の一つだ。しかしそもそもは私の過失である。私は何人かの者について、彼らの知性の範囲を超えるところまで引き立て、大物にさせすぎた」
Memorial de Sainte-Helene, Tome Quatrieme"http://books.google.com/books?id=snEuAAAAMAAJ" p424

 それでも皇帝は義理の弟を決して嫌ってはいなかったようだ。理由の一つは彼の「社交的で陽気」な性格にあるのだろう。

「ミュラとネイは私がかつて見た中で最も勇敢な人間だった。しかしながらミュラの方がネイより高貴な性格の持ち主だった。ミュラは寛大で率直だった。ネイは悪党の性格を帯びていた」
Napoleon en exile, Tome II."http://books.google.com/books?id=LnYuAAAAMAAJ" p172

 ナポレオンのミュラに対する態度は、以下の言葉に端的に表れている。

「私はその輝かしい勇気ゆえにミュラを好んだ。多くの愚かしい行為を許したのはそれが理由だ」
Talk of Napoleon at St. Helena"http://www.archive.org/details/talkofnapoleonat007678mbp" p236

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