ナポレオンと元帥たち・13

 ナポレオンの元帥評。今回はスコットランド亡命者の息子マクドナルドだ。デルダフィールドの筆は多くの元帥たちの性格をビビッドに描き出しているが、ことマクドナルドに関しては今一つはっきりとした印象がない。「色の道で名を挙げ」たかと思うと「名誉を重んじる男」だと褒められたりするあたり、どうにも散漫である。
 焦点がぼけた性格のせいでもないだろうが、ナポレオンのマクドナルドに対する発言も一定していない。というか、はっきり言って矛盾している。マクドナルドは1814年にナポレオンが退位した際に最後まで彼に従ったことから、一般的に忠誠心に篤い人物だと思われているし、皇帝もそうした内容の発言をしていることがある。

「マクドナルドは断固とした忠誠心で際立っていた」
Memorial de Sainte-Helene, Tome Troisieme"http://books.google.com/books?id=rnAuAAAAMAAJ" p280

「疑いなく私は、貴族であれエミグレであれ、古い敵を容易に用いすぎるとの非難に晒されていた。もしマクドナルドやヴァレンス、モンテスキューが私を裏切ったのであればそうだろう。しかし彼らは誠実だった」
Memorial de Sainte-Helene, Tome Second"http://books.google.com/books?id=zW8uAAAAMAAJ" p434

 ところが一方で陛下はグールゴーに対して次のようなことも言っている。

「マクドナルドが苦悩していたことは見て取れるだろう。私を裏切った者はその事実に耐えられなかった」
Sainte-Helene, Tome Second"http://www.archive.org/details/saintehelene02gourmiss" p105

 皇帝に忠実だったのかそれとも彼を裏切ったのか、どちらかはっきりさせていただきたい、と問い詰めたい気分だ。ナポレオンがここまで矛盾した発言をしているのは(ワーテルロー関連を除けば)珍しい。人間は矛盾だらけの生き物である。明晰な頭脳の持ち主であったナポレオンも、やはり人間だったということか。
 一方、皇帝は自らの専門分野である戦争におけるマクドナルドの能力については、明確で一定した見解を持っている。

「1813年8月27日に皇帝が3人の君主に指揮された軍に対してドレスデンで得た素晴らしい勝利の後には、すぐマクドナルドが連携に欠けた機動を通じて自らに招いたシュレジエンの惨事と、ボヘミアにおけるヴァンダンム部隊の破滅が続いた」
Memorial de Sainte-Helene, Tome Sixieme"http://books.google.com/books?id=fHMuAAAAMAAJ" p459

「マクドナルドは[1813年戦役で]酷く下手な機動をした」
Talk of Napoleon at St. Helena"http://www.archive.org/details/talkofnapoleonat007678mbp" p72

 マクドナルドが元帥杖を手に入れたヴァグラムの戦いについても、ナポレオンは決して彼を手放しで称賛してはいない。

「[ヴァグラム]会戦当日、彼[マクドナルド]は巧みに機動しナポレオンから受けるにふさわしい称賛を得た。しかし勝利を決めたのは戦線正面の変更、ウジェーヌ副王の命令で実行された左翼の後方への移動、ナポレオンの副官ローリストン将軍に指揮された親衛砲兵隊の大砲100門による砲撃、そして敵の左翼全体を迂回したダヴー元帥の軍団の移動である」
Memoires pour servir a l'histoire de France sous Napoleon, Melanges Historiques. Tome Deuxieme"http://books.google.com/books?id=Fy1fvScgZ0MC" p268

 ナポレオンが部下の忠誠心や「裏切り」についてどう考えていたかは、どうやら時と場所に応じて変化していたようだ。ただ、部下の軍人としての才能については、大体一貫した見方を保持している。

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