ナポレオンと元帥たち・9

 ナポレオンの元帥評。今回はジュールダンだ。正直言ってデルダフィールド本におけるジュールダンの扱いは酷い。彼の戦功については「革命戦争のまっただ中で外国の侵入を防いだ」との言及や「フルーリュスの勝者」という枕詞が見られる程度で、それ以外はスペインでの失敗しか描かれていない。デルダフィールド本を読んでも、彼が元行商人であることと、他の多くの元帥たち同様に半島でミスを犯したことしか分からないだろう。
 それだけではない。デルダフィールドはジュールダンをケレルマン、モンスイ、ルフェーブル、セリュリエらと並べて「老年組」と称しているが、これは明らかな間違い。彼はルフェーブルより7歳も若いし、何よりジュールダンよりもベルティエ、マセナ、オージュローらの方が年上だ。なぜデルダフィールドが比較的若いジュールダンを引退した年寄りと同じ範疇に放り込んでしまったのか。その理由はジュールダンの活躍が古い時期に限られていることにあると思われる。
 ジュールダンが各地でフランス軍主力部隊を率いていたのは1793年から99年にかけてのフランス革命戦争期。このことがデルダフィールドの勘違いを引き起こしたうえに、ジュールダンを知名度の低い元帥にしてしまった理由ともなっている。ナポレオンの元帥たちの知名度は、ナポレオンの下でどこまで活躍したかによって決まっているのだ。ナポレオンが皇帝になった後のナポレオン戦争期に活躍した者ほど目立つ一方、ナポレオンがまだ皇帝になる前のフランス革命戦争期に主役を張った将軍たちは後の時代からはほぼ無視されている。ジュールダンはまさに後者の代表例だ。
 もちろんジュールダン自身にも問題はある。デルダフィールドが描き出しているように、ジュールダンの軍人としての能力は決して高くない。セント=ヘレナのナポレオンも「ジュールダン元帥の軍事的才能については低い評価しかしていなかった」(Napoleon en exile, Tome II."http://books.google.com/books?id=LnYuAAAAMAAJ" p261)。人材不足だった革命戦争期には表舞台に出ていたものの、多くの人材が育った後になると彼らに出番を奪われてしまった。

 能力的にはともかく、彼が「心から革命の理想を信じていた」(デルダフィールド)のは確かなようだ。おそらく不器用だが一途な人物だったのだろう。ジュールダンについてほとんど言及することすらなかったナポレオンも、彼の人格については褒めている。

「彼[ジュールダン]が私からとても酷い扱いを受けたのは確かだ。従って彼が私に対して激しく憤っていると結論づけるのが普通だろう。しかし私の没落以降、彼が大いなる節度を持って振る舞っていると聞くのは喜ばしい。彼は精神の向上が人を際立たせ、その性格を称えさせるという実例を提供している。彼は真の愛国者であり、それが彼について多くのことを説明している」
Memorial de Sainte-Helene, Tome Sixieme"http://books.google.com/books?id=fHMuAAAAMAAJ" p420-421

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