今回の五輪についてネットを見ていると、監督に責任があるとの声をよく見かける。理由も采配だったり選手選びだったり色々だが、どちらかというと精神的な部分に問題を求める意見が多いのが気になるところだ。ソフトボールを見習えといった声や、他チームの方が気持ちが強かったという見解は、たとえ現実がそうだったとしても指摘することにどれほどの意味があるのだろう。何しろこの批判は、選手たちから「我々だって強い気持ちでやっていた」と言われても反論する客観的な材料を持たない。負けたこと自体が気持ちが弱かった証拠だというのでは単なるトートロジーである。
采配に関する指摘では、前にも述べたが「後知恵」が多い。投手の交代時期などはまさにそれ。結果として引っ張った投手が打たれれば「遅すぎた」、セットアッパーが持ちこたえられなくなると「早すぎた」というのでは、単なる結果論。不振の打者を使い続けたことへの批判もあるが、シーズン中のRC27が高い選手を使い続けるのは「高い確率を求める」戦略だと考えれば不思議でも何でもない。彼らを引っ込めて好調な選手を出すべきだったとの意見もあるだろうが、前にも書いた通りそもそも好調と言える選手の数が極めて少なかった。もちろん「ダルがエース」「上原と心中」と言いながら、彼らより岩瀬、川上、成瀬をこき使ったという「有言不実行」ぶりは批判されても仕方ないが。
一方、怪我人が多くポジションの偏りが激しい選手選びに対する批判は、まだ理屈が通っている。オリンピックで数少ない好調な選手だった川崎は怪我で結局ほとんど使えず。本来の守備位置でないポジションに選手を置いたら計3失策(全体の2分の1)。セットアッパー不足で先発投手を中継ぎに注ぎ込んだら3位決定戦で大炎上。どれをとっても「自業自得」という言葉だけが脳裏に思い浮かぶ。このあたりは実に分かりやすく、かつ妥当な批判だろう。
ただ、問題はそれだけにはとどまらない。指摘している人はあまり多くないのだが、実は結構深刻な矛盾がオリンピック日本チームにあったのではないだろうか。「マネーボール」と「スモールボール」の矛盾というヤツが。
オリンピック前から日本チームはスモールボール(またはスモールベースボール)を目指していたらしい。過去記事を見るとコーチングスタッフは選手選考前に「(代表チームに)4番はいらない」「足や守りのスペシャリストを選んでいきたい」と言っていたそうで、これを根拠にマスコミなどが日本チームをスモールボールと呼んだようだ。結果としてこういう報道"http://beijing.yahoo.co.jp/news/detail/20080823-00000070-sph-base"もされている。
スモールボールとは機動力や小技(バントなど)を特に重視し、少なくても確実に点をあげてそれを投手力と守備力で守る戦略のことだ。SABRmetricsでは送りバントはアウトを増やすだけの無駄な行為と見なされることが多いが、人によっては「確かに送りバントは得点期待値を下げるものの、1点だけなら取る確率が高まる」と見ている。その説が正しいのなら、スモールボールを戦略として採用すること自体が間違いとは言えない。
問題は、このオリンピック日本チームが本当にスモールボールをするために作られたチームなのかどうか。正直、私にはとてもそうは思えない。野手14人のうちシーズン中のRC27が8を超えるような「大砲」タイプの選手は5人。他の野手たちもRC27の高い選手が多く、シーズンにおける彼らの累計RC27は6.32とNPBで最高の西武(5.37)を大きく上回る。ただ、その彼らのオリンピックにおける累計RC27は3.63とNPB最低の日本ハム(3.73)すら下回ってしまったのだが。
一方、チームに召集された選手がシーズン中に行った犠打の比率は.010と12球団で最も低い西武(.017)すら大幅に下回る。チームでシーズン中に二桁の犠打を記録しているのは、選手ではなくコーチとしての役目が半分を占めていた控えの宮本のみ。NPBには規定打席に達している打者の中だけでも二桁犠打の選手が17人もいるというのに、彼らを呼ぶつもりはなかったのだろうか。
犠打はともかく、盗塁については二桁盗塁している選手を5人も揃えたじゃないか、とのツッコミがあるかもしれない。だが野手14人の累計シーズン盗塁成功率は合計.703。ヤクルト、中日、西武、ソフトバンクのチーム盗塁成功率を下回っており、つまりNPBの中でも盗塁に関しては真ん中程度の実力しかないということになる。個々の選手を見てもは中島(.857)、青木(.793)、荒木(.788)あたりは合格点だが、川崎(.679)や西岡(.615)は成功率が低すぎるのでは。本気でスモールボールを目指すなら、8割超の盗塁成功率を記録している福地、渡辺、もう少しで8割に乗る赤星、田中あたりも選出対象にすべきだった。
犠打はしないし盗塁も冴えない選手たちを並べて、機動力や小技を生かしたスモールボールが本当にできるのだろうか? どうやらコーチングスタッフは「できる」と思っていたようだ。何しろオリンピック参加8チームのうち、日本の儀打数は8個と台湾(9個)に次ぐ数。盗塁に至っては韓国と並んでトップの7個だ。犠打比率は.024とNPB12球団と比べても上位半分に入るところまで上昇している。1試合平均の犠打+盗塁を見ると日本は1.67で台湾(2.00)に次いで2位。ちなみに韓国は1.00、キューバは1.11、米国は0.89だ。
選手の特性に合わない野球を強いられた割に、日本の打撃陣は頑張った。驚くべきことに盗塁死はゼロ。シーズンで盗塁成功2回、成功率5割しかない稲葉ですら1回成功させている。犠打でもシーズンで送りバントを4回しかしていない荒木が5回成功、全く犠打を記録していないG.G.佐藤ですら1回送りバントを決めた。日本が実行した犠打8回のうち、実際に点につながったのも5回ある。もっともうち2回は後続打者の本塁打によるもので、進塁のメリットはなかったのだが。
しかし何より問題なのは、全試合でなく上位4チーム間の試合だけを見たデータだろう。この4チーム間における1試合平均「犠打+盗塁」は韓国0.8、キューバ1.6、米国1.0、そして日本1.2。あれ、日本は確かスモールボールを目指していたんじゃなかったっけ? なのにキューバより数字が下ってどういうこと? そもそも優勝した韓国は最もスモールボールから程遠いチームじゃないか。本当にスモールボールは短期決戦向きなのか?
「犠打+盗塁」の中身はもっと凄い。韓国は犠打1+盗塁3、キューバは4+4、米国は2+3、そして我が日本は6+0。盗塁ゼロってどういうことだよ。他チームは少なくとも3盗塁、つまり1試合平均0.6回は盗塁をしているのに。強豪相手だと盗塁すら試みることをせず、ひたすら犠打でアウトを献上していたってことかい。
はっきり言おう。これはスモールボールではない。ただの高校野球メソッドである。いや、「転がせば何とかなる」という発想だとしたら、むしろ「少年野球メソッド」と言うべきかもしれない。日本でもトップクラスの選手を集め、長打力と出塁力ではかなり高いレベルを達成しているはずの選手たちに対して、高校野球や少年野球を同じことをさせようとした。それがこのチームのコーチングスタッフの「戦略」だったのではなかろうか。
日本チームの打者たちはスモールボールではなく長打と出塁率で勝負する「マネーボール」向きの選手たちだった。合格レベルの盗塁ができる選手は3人、犠打を日常的に行ってきた選手にいたっては実質0.5人しかいなかった代わりに、RC27のようなマネーボール指標では高い数値を叩き出している選手たちが大勢いた。なのにコーチングスタッフは機動力や小技を使うと発言し、実際にそれを実行。強豪相手になるとさらに萎縮し、犠打しかできなくなった。「日本の高校野球戦術を採用したオークランド・アスレチックス」。それがオリンピックの日本チームであった。
高校野球で短期決戦に勝てるならそれでもOK。だが現実には勝てなかった。いや、スモールボールであっても短期決戦に勝てるとは限らない。韓国が強豪チーム相手に採用した戦術は決してスモールボールではなかったし、昨年のMLBを制したのは典型的なマネーボールチームであるボストン・レッドソックスである。そもそも高校野球ですら、選抜大会で優勝したチームが5試合で犠打1だった事例が出てきているのだ"http://mainichi.jp/senbatsu/archive/news/2008/03/20080321ddm035050037000c.html"。
日本チームは選手の特性と戦略が矛盾したままオリンピックに臨み、その矛盾を抱えたまま全試合を終えた。おまけに打つ手打つ手が裏目に出る中、コーチングスタッフが最後に頼ったのはスモールボールですらない「高校野球メソッド」。人間無策になると最後は地が出てくるということだろう。野球ピラミッドの頂点にいる選手たちを集めた筈のチームは、結局「高校野球の呪い」に囚われたまま敗北していったのだ。
コメント
No title
カージナルスで田口が十人目の野手として重宝されてたのを思い出しました。
2008/08/26 URL 編集
No title
2008/08/27 URL 編集