ナポレオンと元帥たち・6 続き

 前回紹介したナポレオンのダヴー元帥に対する評価のうち、Chandlerの本から引用した部分の元ネタがどこにあったか判明した。全文を見ることができる訳ではないが、Henri-Gratien BertrandのCahiers de Sainte-Helene: journal 1818-1819."http://books.google.com/books?id=8as7AAAAMAAJ"のp115に以下のような文章があることは確認できる。

「ダヴーはイエナによって歴史に名を残すだろう。彼はアイラウでもよくやったが、ヴァグラムではせきたてられたにもかかわらず到着が遅れ、敗北の原因になった(中略)。モスクワでも間違いをやらかした」

 とりあえずChandlerがあまり当てにならないことが判明。彼は「アウエルシュタット」と記しているのだが、ベルトランの原文はあくまでイエナ(Iena)だ。こういう意訳は読者サービスの一環という位置づけなのかもしれないが、誠実な翻訳者ならイエナと書いた上で訳注としてアウエルシュタットの名に触れるべきだろう。
 また、この文章の少し前には以下のような文もある。

「マセナはそこにいるべき本物の権利を持つ。彼はチューリヒで指揮を執っていた。オージュローは違う。私はマセナが多くのものを勝ち得たことに気づいている。私の将軍たちの中で最良の3人はダヴー、スールトとベシエールだ。彼らは間違いなく成功した」

 極めて少ない部分しか読み取れなかったため文脈が不明だが、ナポレオンは「最良の将軍」としてダヴー、スールト、ベシエールの名を上げている。彼が他の場所でドゼーとクレベール、ランヌの名を上げていることは前にも指摘したし、1817年時点で現役の将軍としてはスーシェ、ジェラール、クローゼルの3人の名が出ていた。ここで改めて別の「ベスト3」が出てきてしまった訳だ。
 直前にあるマセナへの言及が何を意味しているのか、そのあたりの文脈まできちんと踏まえないとこの「新ベスト3」をどう位置づけるべきかのか判断は下せない。ただ、ナポレオンの評価というのはもしかしたら話す時と相手によってコロコロ変わるような、かなりいい加減なものであった可能性はある。あまり真剣に耳を傾けると、かえって拙いかもしれない。

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