ナポレオンと元帥たち・5

 ナポレオンの元帥評。ブリュヌは元帥たちの中でもペリニョンに次ぐくらい知名度の低い人物だ。デルダフィールド本でも著名な元帥たちに比べれば登場頻度は少ない。幸い、ナポレオン漫画ではイタリア遠征時に登場の機会を与えてもらったので、以前よりは知られるようになっただろう。
 ブリュヌにとってほとんど唯一最大の軍功は1799年戦役でオランダに上陸した英露連合軍を撃退したことだろう。ベルゲンとカストリクムの戦いで連合軍の進軍を防いだのは、逆境にあった共和国にとって大いにプラスになった。でもデルダフィールド本ではたった3行で説明されているくらいなので、やはりマイナーであることは否定できない。
 ナポレオンはブリュヌをどう見ていたのだろうか。他人を評価するうえで一番頼りになるのは本人の残した実績だろう。そしてナポレオンもオランダでの勝利についてはブリュヌを高く評価している。

「ブリュヌは間違いなくバタヴィア共和国の救世主であることを示した。ローマ人なら彼のために勝利の名誉を宣言していただろう。オランダを救うことにより、彼はフランスを侵略から救った」
Memoires pour Servir a l'Histoire de France sous Napoleon, Tome Sixieme"http://books.google.com/books?id=qXoRAAAAYAAJ" p169

 ただし、たった一つの実績だけで本人の能力の全てが分かる訳ではない。そのこともナポレオンはよく承知していた。ナポレオンによる最終的な判断は、むしろ以下の発言に現れている。

「この[1800年冬季]イタリア戦役はブリュヌの才能の限界を示し、第一執政はこれ以上彼に重要な指揮権を決して与えなかった。この将軍は最も輝かしい勇気と、旅団の先頭における偉大な決断力を示したものの、軍の指揮を執るようには作られていないように見えた」
Memoires pour Servir a l'Histoire de France sous Napoleon, Tome Deuxieme"http://books.google.com/books?id=q1ZbaEq0CmUC" p82

 ナポレオンが元帥になった後のブリュヌを前線指揮官としてほとんど活用しなかったのは、彼がふさわしい能力を持ち合わせていないと判断したからだ。少なくともナポレオン本人はそう主張している。デルダフィールドはブリュヌがハンブルクで私服を肥やしたことが理由だと匂わせているが、どのような論拠に基づいているのかは不明。
 ただし、ナポレオンはブリュヌが金銭に汚い人物であったことにも言及している。

「マセナ、オージュロー、ブリュヌ、そして他の多くは単なる大胆な略奪者だった」
Memorial de Sainte-Helene, Tome Troisieme"http://books.google.com/books?id=rnAuAAAAMAAJ" p279

 一緒にマセナとオージュローの名前が挙がっているのはご愛嬌。

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