脊索動物

 本日、新聞やテレビで「脊椎動物の祖先はホヤではなくナメクジウオ」という内容の話が一斉に報道された。正直、新聞記事を読んでいて首をかしげるところばかりだったのだが、こちらのblog"http://yondeokure.exblog.jp/8422102"を読んでさらに驚きが増した。研究に携わったメンバーの一人が書いたと思えるこのblogを読むと、論文で最も重要だと指摘している部分が報道内容と全く異なっているのだ。
 ネイチャーに載ったこの論文の重要な点について詳細に語れるだけの知識は私にはない。ただ、「ナメクジウオゲノムの面白さ」という、報道よりはずっとマニアックな部分に力点が置かれていることは間違いないだろう。ではなぜそんなマニアックな、この業界に詳しい人間には評価されても一般人が見たら訳が分からない論文が、新聞テレビで一斉に報道されたのだろうか。
 まず、上記blogでは論文第一稿に対してネイチャー側から「系統についてはしっかり書くべき」との要望があったと推測されている。ナメクジウオ、ホヤ、脊椎動物の系統関係については以前にも書いたことがある。少し前まで、共通祖先から最初に分かれたのがホヤでその後にナメクジウオと脊椎動物が分岐したとの説が有力だったが、最近はナメクジウオが最初に分岐しその後でホヤと脊椎動物が分かれたとの説が強まっている、という内容だ。
 上記blogにもある通り、最近の「ナメクジウオの方が古く分岐した」説は今回の論文が出る前からノルウェーのグループによって発表済み。目新しくない説を改めて説明する論文を書くのもいかがなものかと考えるなら、第一稿で系統の話がほとんど触れられなかったのも当然だろう。ただネイチャー側は、脊椎動物の進化を考えるうえで「もう位置関係が入れ替わることはない」と断言できるだけのデータであれば、改めて強く主張する意味があると考えたのかもしれない。かくしてネイチャーに載った論文は第一稿とは違うものになったのだろう。
 系統関係に関連して同様に強調されたのが、大野乾の唱えた全ゲノム重複を裏付ける研究であるということ。こちらにカリフォルニア大バークレー校の出したプレスリリース"http://www.eurekalert.org/pub_releases/2008-06/uoc--gso061808.php"が載っているのだが、そこでは真っ先に紹介されているのがゲノムの重複話。第2センテンスには早くもSusumu Ohnoが登場しており、このプレスリリースを読む限り全ゲノム重複を証明する材料が見つかったことが最も重要なニュースのように読める。
 では日本ではマスコミに向けどんな発表がなされたのか。国立遺伝学研究所のサイトにあるプレスリリース"http://www.nig.ac.jp/hot/press/0619namekujiuo_more.html"ではまず研究成果の概要について説明しているが、そこでは(1)ナメクジウオゲノム自体の特徴(2)脊椎動物の進化を考えるうえでのナメクジウオゲノムの重要性(3)全ゲノム重複の証拠(4)ナメクジウオ、ホヤ、脊椎動物の系統関係――の4点について、この順番で掲げている。
 この順番を見る限り、プレスリリースを出した方は上記blogに書かれている「ナメクジウオゲノムの面白さ」こそが最も大切だと考えていた様子が窺える。しかし、当然ながらそんなマニアックな話にマスコミは飛びつかない。(1)にある「多型を示す領域がゲノム全体の10.5%を占める」なんて話を報道しても誰も振り向かないだろう。
 それに比べれば(2)の話には多少食いつきがあったといえる。ただ、その中でも重要だと思える「脊索動物染色体の基本型ともいうべき17本の染色体構成」について詳細に報じた記事は私が見た限り存在しなかった。マスコミは単に「脊椎動物の起源」という部分のみに食いついたのである。そして(3)の、英語プレスリリースでは最も重視されていた話は完全にスルーされている。
 結局、報道されたのは(4)に出てきた系統関係の話と(2)の「脊椎動物の起源」が組み合わさったようなもの。それも本来の意味である「共通先祖から真っ先に分かれたのはホヤではなくてナメクジウオであり、その後に脊椎動物と分かれたホヤはかなり特異な進化を遂げた」という内容ではなく、「脊椎動物の先祖はホヤじゃなくてナメクジウオ」という、それだけ読めば明らかに間違ったものになっていた。
 リリースのあちこちをつまみ食いしたマスコミの報道姿勢も問題だが、プレスリリースも悪い。「脊索動物の起源と進化についての新しい考え方」と題した図を見ると、まるで脊椎動物と尾索類(ホヤ)の共通先祖が頭索類(ナメクジウオ)であるかのように書かれている。ナメクジウオと脊椎動物のゲノムに共通性が多い(染色体17本分?)のが事実だとしても、今生きているナメクジウオは脊椎動物の先祖ではない。彼/彼女らは同じ先祖から分かれた親戚でしかないのだ。分かりやすく描こうとしたプレスリリースの図が、かえって誤解を招いたと言える。
 その結果、本日の新聞とテレビによく分からない報道があふれかえることになった。そもそもナメクジウオ、ホヤ、脊椎動物の系統関係に関する新しい説は、前にも触れたように既に紹介済みである。それを改めて報道することに大した意味はない。まして「人の先祖はあのホヤではなくナメクジみたいな魚」と勘違いする人が出てくるような報道なら、しない方がマシに思える。
 なのになぜ新聞テレビはあんなに一斉に報道したのだろうか。個人的に「ネイチャーに論文が載る」という点に過剰反応したのではないかと想像している。外国の権威にマスコミが流され、それが結果としてあの報道ラッシュになったのではなかろうか。北海道新聞が流した常温核融合のようなニセ科学っぽい話を報道するよりはネイチャーの権威に依存した報道の方がマシなのは確かだが、せめてもう少し正確な表現を望みたい。

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コメント

No title

RAPTORNIS
先日は当ブログへのコメント、ありがとうございました。

上記の記事を読んで、思い当たったことがあります。かなり前のことですが、オマキザルが木の実や貝を固い物にぶつけて割って食べる習性が報道されたのですが、某TV番組で、「オマキザルは人の祖先?」なるキャッチフレーズで特集されたことがあります。もちろん、中南米に分布するオマキザルが人類の祖先で有り得るはずはありません。同じく道具を使用するラッコやエジプトハゲワシとて同じことです。オマキザルの場合、「道具を使用する」、「霊長類に属する」の2点でそのような特集を組まれたのだと察します。

No title

desaixjp
TVの場合は報道と娯楽という二本立ての構成になっているので話がややこしいですね。通常のニュースを流している報道の場合はまだ事実にのっとった話をしようと努力していますが、ワイドショーのような娯楽番組はその名の通り「ショー」であって報道ではありません。そのオマキザルの番組が娯楽番組として放送されたのであれば、件のキャッチフレーズも娯楽として楽しめるようにするための手段の一つだったのかもしれません。
一方、ナメクジウオとホヤと脊椎動物の話はニュース番組(報道)や新聞でも「脊椎動物の先祖はナメクジウオ」という表現で報道されていました。娯楽目的でないメディアが間違った話を伝えているのですから、そこは問題視してもいいと思います。

No title

nig*tm*re_d*aps*d*
はじめまして。検索で訪れた者です。
上記の記事には本当に同意せざるを得ません!まったく頭の下がる思いです。現代の所謂"理科離れ"は、メディアがこのように乱れることによって一層波及していくのではないかと、日本の行く末を不安に思ってしまいます。
ただ、私は生物系の学生の端くれなもので、この元の論文は興味を持って読みましたが…確かにある程度の専門性を持って臨まなければ、その主張は理解しにくいものだったとも思います(現に私自身消化しきれていない…)。一般に広くこれを知らしめるためには多少の調理は必要なのかなとも考えましたが…でもそれにしたって酷いですよね…
こうした問題は科学系のニュースが出る度に考えますが、本当に難しい所ではあるなとつくづく感じました。

勝手ながら私のBlogにLINKを貼らせていただきました。稚拙ですが、お許しいただければ幸いです。
"amphioxus genome:-fantasia*diapsida"
http://blog.goo.ne.jp/best-dreamer_no1/e/4c0d19bf1afb36e67ccf3dfd3f16bec7

No title

desaixjp
はじめまして、blog読ませていただきました。私がほとんどすっ飛ばした論文の中身について、きちんと書かれた文章が増えるのはいいことだと思います。報道の改善を図るうえでもそうした取り組みが重要でしょう。間違った報道に対してはネット上でネチネチと文句をつける。批判の内容が真っ当なものであれば、それを読んだマスコミ関係者の中には以後注意を払うようになる人も出てくるでしょう。
逆に言えば一気に解決する方法はないってことです。「とにかく簡単な報道を」と求めているのはマスコミではなく視聴者や読者です。結果として視聴率や販売部数を気にするマスコミは「不正確だが簡単な表現」に走りがちになります。流れに抗するためには四六時中声を上げ、できるだけ多くの人の関心を集めるしかありません。うちみたいな閑古鳥blogにはその機能がほとんどありませんけど。
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