ロジスティクス

 江畑謙介の「軍事とロジスティクス」読了。ロジスティクス関連の話が極めて重要なのは言うまでもないが、現代における軍のロジスティクスがどうなっているかについては通り一遍のことしか知らなかったので少し知識を深めようと思ってこれを読んだ。この著者の本らしく、具体的事例を豊富に盛り込んだ話であるため、細部を知りたい場合には非常に役に立つ。読むのは大変だけど(全部で500ページ近くあるし)。
 まず私が関心を持ったのは、最近の米軍が進めているロジスティクスのJust in time化である。民間企業が効率性を追求するJust in timeを導入するのは不思議ではないが、軍事活動は効率性だけを追求すればうまくいくものではない。クラウゼヴィッツの言う「摩擦」が生じた際になお軍が活動を続けるためには、想定外の事態が起きるとすぐに全ラインが止まってしまうJust in time方式はふさわしくないのではないか、と私は思っていた。
 だが、この本を読むとJust in time化にはメリットもあるそうだ。補給物資を必要分だけに抑え込むことで、物資を集める時間などが短縮され、結果的に軍の機動力が増すという。イラク戦争において米軍が3日間に560キロもの前進を成し遂げられたのは、Just in time方式があったからこそ。戦争を始める前に武器弾薬を積み上げる「アイアン・マウンテン」方式(登山における極地法のような概念)からロジスティクスを変えることにより、米軍の行動力が大幅に増したのだ。
 確かに機動力が増せばそれは戦力が増えるのと同じ意味を持つ。同じ時間帯に様々な場所で活動できる部隊は、一ヶ所から動けない部隊より役立つ度合いが高い。RMAの中では「軍事ロジスティクスにおける革命(RML)」も必要な要素である、と言われれば確かにそうなのだろう。
 ただし、著者はJust in timeが万能だとは一言も言っていない。むしろ非対称型の戦争になるとJust in timeより従来型のJust in case(万が一に備えて)の方が求められると指摘している。どれほど情報化が進もうとも、戦場で生じる摩擦をゼロにすることは不可能だろうし、その意味でJust in timeの追求には限界がある。最終的に現在の軍が目指す方向性はJust in timeとJust in caseの中間型になるとか。

 民間戦争会社との関係も色々と指摘されている。物資やサービスの調達を軍内部で行った方がいいのか、それとも外注した方が安いのか、そのあたりも含めて現在の軍隊では様々な模索がなされているようだ。軍で全て抱え込む方式だと、必要な人員を国費で雇い続ける必要がある。それより必要に応じて外注し、仕事した分だけ給与を払うようにした方が安くなるというのが、民営化を推進する側の言い分だろう。それが成り立つケースもあると思う。
 だが、いつもそうとは限らない。この本でも指摘されているが、仕事をしている場所が危険になった際に民間企業が業務を放棄する可能性があるためだ。フランス革命期において大砲を運搬するのは民間人の仕事だったが、彼らは戦場で危険が迫れば仕事を放棄して逃げ出すことが多かった。そのため後に大砲の運搬担当者も軍人となり、軍務に服する仕組みができた(Kevin F. Kiley "Artillery of the Napoleonic Wars" p107)。当時の軍は「摩擦」発生を減らすためコストをかけて軍人を雇う方式を選んだ訳だ。
 現在の軍隊はITを活用することで摩擦自体の発生を減らし、それに伴ってコストを抑えようとしている。ナポレオン戦争時代とは逆の流れだと言えるだろう。しかしテロなど非対称型の戦争ではIT利用だけで摩擦を減らそうとしてもなかなか難しい。イラクでも状況悪化に伴って基地への物資供給が止まり、兵士が野戦食に頼らざるを得ない事態が生じたそうだ(軍事とロジスティクス p238)。フランス革命期の砲兵部隊と似たような悩みが発生していたのである。
 もう一つの問題は、仕事を請け負った民間企業の不誠実な業務遂行がありうることだ。アフガニスタンへの物資輸送では途中で大量の横流しが発生して契約の半分の燃料しか届かなかったことがあるそうだし、ハリバートンはイラクで走行距離に応じた対価をもらうという契約を悪用して空のトラックを無意味に走り回らせたという(p218)。これまたフランス革命からナポレオン戦争期にも見られた話で、ジュールダンは商人たちにきちんと契約を履行させろと政府に訴えている"http://www.asahi-net.or.jp/~uq9h-mzgc/g_armee/source/1799german/1201jour.html"。
 現地企業や現地人の雇用についても色々な話が紹介されている。米国のように国内より海外で活動することの多い軍隊であれば、現地で調達できるものは現地で調達した方が(輸送コストがかからない分だけ)安く上がる計算だ。加えて現地経済の活性化にも寄与できる。
 ただし、ここにも問題はある。軍隊はその性格故に短期間で大量の物資・サービスを必要とする局面が生じがちだ。予め生産計画を定めてほぼその通りに操業する企業とは違う。そして短期間に大量のモノやヒトを集めようとすれば、需要と供給の関係から価格は上昇する。民間企業を使えば多少は状況を緩和することができるかもしれないが、それでも限界はあるだろう。結果として、安く上がるはずの現地調達が、実際には安くならない事態も生じ得る。
 これまた昔からあった現象だ。米国独立戦争を支援するため北米に向かったロシャンボー麾下のフランス軍は、予め大量の資金を用意し、現地の業者と契約を結んで物資を調達した。たとえばハートフォードの商人ジョシュア・ブレークリーと結んだ契約では木材300束、一級の小麦粉1000樽、雄牛30頭、秣3352トン、麦わら613トン、トウモロコシ3万ブッシェル、カラスムギ3万7125ブッシェルが供給されることになっていた(Samuel F. Scott "From Yorktown to Valmy" p36)。そしてこうした大量調達はすぐに現地の物価上昇を招き、フランス軍の資金はやがて底をついた。ロシャンボーの副官だったスウェーデンのフェルゼンは米国人について「金が彼らの神だ」と皮肉っている。

 人の集団である組織が何らかの行動をすれば、そこに経済活動が生まれる。技術の発達によりロジスティクスは大きく変わったが、経済原則が変わっていない以上、古くからある問題もまた繰り返されているのが実情だ。万能の解決策などというものは存在しないのだろう。
 同時に、古いフランス革命やナポレオン戦争当時の「戦争請負企業」による活動がどんなものだったのかが知りたくもある。現代の企業については、上場していればネットなどでその情報を入手することが可能だ。この本にも企業の活動が様々な形で紹介されている。だが、ナポレオン戦争時代の企業がどんなことをしていたのかについては、なかなか文献でも見かけない。どうやって支払いを受け取っていたのか、ヒトやモノをどう調達し、どう提供していたのか。興味深いところだ。

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