少佐か中佐か

 フランス革命戦争期の階級にchef de bataillonやchef d'escadronというものがある。これらの階級は現在のフランス軍でも使われているようで("http://www.ne.jp/asahi/masa/private/history/ww2/class/french.html"参照)、それによれば日本語訳は少佐。capitaine(大尉)の上、lieutenant-colonel(中佐)の下の階級だ。一般的な呼称はcommandantであり、歩兵や工兵ではchef de bataillon、憲兵や砲兵ではchef d'escadronになるという。騎兵や機甲兵はchef d'escadronsとなり、sが加わる。
 なぜ騎兵や機甲兵でsがつくのかというと、20世紀中ごろからescadronは中隊の意味になったから。それ以前は大隊と同義語だったのだが、中隊の意味になってしまったためchef d'escadronは中隊長、つまり大尉を意味するようになった"http://fr.wikipedia.org/wiki/Escadron"。大隊を指揮する少佐は複数のescadronを指揮する隊長、即ちchef d'escadronsと表現されるようになったという。逆に言えば、ナポレオン時代やフランス革命期のchef d'escadronは現代のchef d'escadronとは意味が違うということでもある。
 chef de bataillonやchef d'escadronの由来は1734年までしか遡れないらしい。フランスの階級の中では比較的新しいものである。大尉capitaineはずっと古くからあるし、大佐colonelもルイ12世(15-16世紀)の頃から存在していた(France: Dictionnaire encyclopedique "http://books.google.com/books?id=clAvAAAAMAAJ" p301)。当初は正確にはcommandant de bataillonと呼ばれており、その地位は中佐lieutenant-colonelと大尉capitaineの間。ただし実際はかなり名誉的な呼称であり、決して常時設置されていた階級ではないようだ。
 この階級がchef de bataillonの名で定着するようになったのは革命後の1791年から。当初は志願兵部隊で使用され、1793年には他の部隊にも広まったという(France: Dictionnaire encyclopedique "http://books.google.com/books?id=clAvAAAAMAAJ" p74)。
 代わりに使われなくなった名称が中佐lieutenant-colonel。この階級は遡ると1582年に登場。本格的に使われ始めたのは歩兵で1665年、騎兵で1668年と、chef de bataillonよりも歴史は古い。旧体制下では大佐colonelが貴族の名誉職のようになっており、実際に連隊regimentを指揮していたのは中佐lieutenant-colonelだったそうだ"http://fr.wikipedia.org/wiki/Lieutenant_colonel"。革命後の1791年には各大隊に中佐lieutenant-colonelを一人ずつ置くようになったが、1793年にそれが全部chef de bataillonなどに置き換わったという(France: Dictionnaire encyclopedique "http://books.google.com/books?id=nTUvAAAAMAAJ" p236)。

 さて、なぜこんなことをうだうだと書いてきたのかというと、chef de bataillonの翻訳に苦労しているからだ。単純に現代語のchef de bataillonを翻訳するなら少佐で問題ないのだが、革命戦争やナポレオン戦争期のchef de bataillonの場合はそうもいかない。何しろこの時代のchef de bataillonは中佐lieutenant-colonelから仕事を引き継いだ訳であり、機能としては中佐に等しいと考えることもできるためだ。
 もっとも1793年に中佐lieutenant-colonelが担っていた業務は、伝統的な中佐lieutenant-colonelの仕事(実質的な大佐colonelの代理)とは異なる。またchef de bataillonの旧来の名称ともいうべきcommandant de bataillonが中佐lieutenant-colonelと大尉capitaineの間の階級とされていたことまで考えれば、やはり中佐より少佐と訳した方が妥当だとも思われる。
 話をさらにややこしくしているのが、ナポレオンが1803年に導入したgros-majorという階級だ(France: Dictionnaire encyclopedique "http://books.google.com/books?id=ETUvAAAAMAAJ" p56)。彼は大佐colonelとchef de bataillonの間にこのgros-majorという階級を挟み込んだ。gros-majorは主に連隊の管理運営面の機能などを担っていたようであり、しかも1815年にはその名称を中佐lieutenant-colonelに変えてしまったのである。
 さらにさらに鬱陶しいことにナポレオンは1809年にcolonel en secondという階級まででっち上げている(France: Dictionnaire encyclopedique "http://books.google.com/books?id=clAvAAAAMAAJ" p302)。こちらは中佐lieutenant-colonelとはまた異なる役目を背負っており、どう翻訳すればいいのかやはり悩ましい階級だ。
 ちと話がずれたが、chef de bataillonの翻訳が面倒なのは1793年に中佐lieutenant-colonelから仕事を引き継いだにもかかわらず、1815年にはchef de bataillonより上の階級であるgros-majorが中佐lieutenant-colonelになってしまったところにある。厳密に言うなら、中佐lieutenant-colonelが姿を消してからgros-majorが登場するまでの10年間、chef de bataillonは大尉capitaineより上で大佐(当時はcolonelではなくchef de brigadeと呼ばれていた)より下の階級だった、としか言いようがないのである。
 まあ現状では現代語に合わせて少佐と翻訳するのが一番マシだろう。ただしフランス革命戦争期においては中佐が存在しない少佐であるうえ、1793年までは同じ職務をしている連中を中佐と呼ばなければならなくなる。人によっては1793年にlieutenant-colonelからchef de bataillonへ階級名が代わった例もあるだろうが、そういう人は降格された訳でもないのに中佐から少佐になってしまうのだ。うーん、やっぱり悩ましいなあ。

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