敬礼!

 以前、週記で挙手の礼について書いたことがある。ナポレオン時代に挙手の礼があったかどうかについて調べたもので、当時の画家が描いた絵には挙手の礼と見られるものはあるが、それ以外には証拠が見つからないというのがその時の結論だった。で、今回見つけた。挙手の礼と思われる記録を。
 Anthony Brett-Jamesの"Europe against Napoleon"のp104に、第24猟騎兵連隊に所属していたカロッソ少尉の記録が引用されている。1813年10月13日、カロッソがデューベンにいる帝国司令部に伝令として派遣され、皇帝に出会った時の話だ。

「そこで私は控室の椅子に私の外套を置き、礼儀正しい態度で前へ進み、剣の横にぶら下げた左手に報告書を持ちながら右手で敬礼した」

 Brett-Jamesは"I saluted with my right hand"と記しており、これは普通に考えて挙手の礼をしたと解釈しても問題はなかろう。この時、カロッソは泥だらけの服装で皇帝の前に出るのを一瞬ためらっており、また外套を直前まで持っていたことから見ても、おそらく司令部に到着した姿のままだったと考えられる。つまり、帽子をかぶった状態で求められる「敬礼」をした可能性は十分にあるのだ。
 このカロッソの記録はGeorges Bertinの"La Campagne de 1813 d'apres des temoins oculaires"のp177-181に載っているという。この本の出版は1896年。カロッソの記録自体が何年に書かれたものかは分からず、その信頼性を推し量るのも難しい。だが、上に記したように同時代人の描いた絵にも挙手の礼と見られる姿があったことまで含めて考えるなら、挙手の礼が実在した可能性はかなり高まったと言えそうだ。
 なお、カロッソはさらにナポレオンとの間で行われた面白い会話も記している。

「この[ベルティエの]質問に答えるため私は少し右に向き直る必要があり、結果として私の左側面を皇帝に見せることになった。おそらく私の弾薬箱に描かれた狩猟ラッパの連隊番号を読んだ彼はすぐに言った。『お前は第24猟騎兵連隊から来たのか?』
『はい、陛下』
『やはりそうか。私はお前を以前に見たことがある。ゴルクムで閲兵した時、お前は選抜中隊の先任軍曹だったな』
『そうです、陛下』
『ロシア戦役には参加していたのか?』
『はい、陛下、第2軍団に所属していました』
『よろしい』」
Brett-James "Europe against Napoleon" p105

 恐ろしい記憶力であり、同時にナポレオンがどうやって兵士の心をつかんだかが如実に分かる挿話だ。国民には忌避されながらも最後まで軍隊の支持を保ち続けたのは、こうした事実が背景にあったためであろう。

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コメント

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RAPTORNIS
こんばんは。昨日はポンソンビーの父親についての情報をありがとうございました。 ところでわたしは水産学部卒なのですが、学生時代に乗船実習がありました。その際、航海士の前に整列して挙手の礼をしていました。なお、この実習で初めて、航海士を「オフィサー」または「士官」と呼ぶことを知りました。また、我々が寝起きしていた部屋にはCADET'S ROOMと表示されていました。

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desaixjp
なるほど、挙手の礼は軍隊だけでなく民間船でも使われていたのですね。こちらのサイト"http://www.qmmuseum.lee.army.mil/history/vignettes/respect1.html"によると発祥は英国陸軍のようですが、それが民間でも導入されていったのかもしれません。逆に"Aye-aye, Sir"という返答は本来民間船で使われていたのが後に海軍にも広まったと聞いたことがあります。

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desaixjp
old_guard_regimentさん。これが挙手の礼だと断言できない点についてはその通りです。しかし、例えば帽子を脱いだのなら「右手で帽子を取った」と書くのではないでしょうか。また、上に紹介したサイトに書かれている英軍の例などを見る限り、この時期にあえてローマ式敬礼をしていたとも思えません。個人的には挙手の礼であった可能性が高いと思います。

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desaixjp
熊皮帽は英軍だけのものではなかったのでは。"http://www.regiments.org/about/faq/guards.htm"によれば18世紀には英軍を含む多くの軍で熊皮帽が使われていたとあります。それに熊皮帽はフランスのGarde Imperiale"http://fr.wikipedia.org/wiki/Image:Membre-de-la-Vieille-Garde.png"もGrenadier"http://www.histofig.com/history/empire/uniformes/france/franceinfl18_img_en.htm"も被っていました。熊皮帽が理由なら仏軍も挙手の礼をしていて不思議ではないでしょう。

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シェヘラザード
拙ブログで「イギリス軍は熊皮帽をとても大切にあつかってきた」という情報を教えていただいたので、headgear関連でうろうろしていたら、↓のHPにheadgear(熊皮帽とは明記してありませんが)と挙手の礼の微妙な(?)関係が少しだけ書いてありました。一次資料までは確認していないのですが、少なくともナポレオン戦争当時のイギリス軍では挙手の礼がかなり普及していたと考えてもいいのではないでしょうか。

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desaixjp
シェヘラザードさん。すみません、「↓のHP」というのがどこか分からないのですが、英軍では18世紀のうちに挙手の礼が行われていたのは確かだというのはどこかで読みました。黒色火薬の使用が広まり、一方で華美な軍服が一般化した18世紀以降に、帽子を脱ぐことで帽子が汚れるのを避けるため挙手の礼が欧州各地に広まったとの説も見たことがあります。

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シェヘラザード
うわっ、ごめんなさい。URLコピペするの忘れてました。 http://www.bharat-rakshak.com/IAF/Info/Saluting.html 「すりきれちゃうから」みたいなことが書いてあったのが、ちょっと面白かったです。そんなに頻繁に脱いでいたということなんでしょうか。

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desaixjp
old_guard_regimentさん。カロッソの挙手の礼は英軍の真似だったということでしょうか。正直答えは分かりませんが、ロシア遠征に同行したAdamの絵などを見ると挙手の礼の格好をしているのは熊皮帽や顎紐付ヘルメットなど脱ぎにくい帽子をした人間が多いのは確かです。Faber du Faurの絵には二角帽の者もいるので断言はできませんが。

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desaixjp
シェヘラザードさん。サイト見ました。帽子がへたれるからとか煤で汚れるからとか、理屈は色々あるものですね。フランスのwikipediaではそもそもSalut Militaireについて、上官に敬意を示すというより互いに友愛の情を示すためと説明していましたし。
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