ミトコンドリア

 久しぶりに書評を。一つはニック・レーンの「ミトコンドリアが進化を決めた」"http://www.msz.co.jp/book/detail/07340.html"という本だ。題名の通り、ミトコンドリアと進化について(それ以外も含んでいるが)最新の知見を紹介したものである。
 中身は、正直言って結構難しい。特に化学的反応について記している部分は、文系人間である私にとって完璧に理解するのは困難。プロトン駆動力とやらについての説明は結局よく分からなかった。しかしそれでもなお読んで面白い本だったことは間違いない。ミトコンドリアがどのように呼吸をするかという仕組みが生物の複雑さや2つの性の存在、さらには老化などに影響を及ぼしているとの説明はなかなか読み応えがある。
 個人的に最も興味があったのは、真核生物の起源について記した部分。レーンは水素仮説"http://www.brh.co.jp/katari/shinka/shinka15.html#04"を採用している。そして、水素仮説が成り立つならば、ミトコンドリアの獲得こそが真核生物の誕生と同義語であり、「複雑な真核細胞の進化を可能にした、ただ一度の出来事」(p35)だったのだとか。この「ただ一度の出来事」が起きなければ、地球は今でも細菌のコロニー程度しか存在しない世界だったという。
 目や翼が何度も進化してきたように、複雑に思える形態でもそれが包括適応度向上に役立つならいずれそうした進化は起きる。しかし、細菌が真核生物になるという進化はダーウィン的な自然選択だけではほとんど起きそうにない、というのがレーンの考えだ。かなり低い確率の偶然によって真正細菌のαプロテオバクテリアと古細菌のメタン生成菌が共生を始めた。それがこの地球に複雑さをもたらしたというわけだ。最近はドーキンスも、真核生物の進化はかなりあり得なさそうな出来事だという内容の話を書いており(先祖の物語)、どうもこれが通説になりつつあるらしい。
 真核生物の誕生とその進化(初期段階ではかなり急激な適応放散が生じたようだ)は、生物の歴史の中でもおそらく現時点で最も面白そうなトピックだろう。昔ながらの5界説(今でも高校の教科書などには載っている)をご破算にして全く違う分類が使われるようになっている("http://www2.tba.t-com.ne.jp/nakada/takashi/scripts/evol.html#051109"参照)。すべての真核生物が持っているミトコンドリアの位置づけはこれからも重要なものになりそうだ。

 さて、レーンはミトコンドリア・イブについても色々と記している。ミトコンドリアDNAに関する既存の「前提」への疑問を呈しているもので、例えばミトコンドリアDNAが父親から受け継がれるケースがあることや、その変異が現在想定されているより早いこと、またミトコンドリアDNAの違いは自然選択の結果である可能性が存在することなどを指摘している。これはミトコンドリアDNAを使った人類史を調べている人にとってはマイナス材料だ。
 最近読んだ中でミトコンドリアDNAの研究に基づく成果を反映したものがニコラス・ウェイドの「五万年前」"http://eastpress.rabby.jp/search_buy/srh_shouhin.php?serial=602"。といってもこの本の内容が大間違いという訳ではないだろう。ミトコンドリアDNAを使った研究に疑問点があるとしてもそれは研究結果の精度を左右するくらいで、研究が全てひっくり返るほどのものではない。それにウェイドの本はミトコンドリアDNA以外に考古学の成果なども取り入れている。
 むしろジャーナリストの本らしく細部の議論が乱暴になっている部分がネット上では問題視されているようだ。専門家なら慎重に書くところを断定的に記している点が多いのは確か。人類進化に関する最近の流れを概観するうえでは役に立つが、丸ごと信じるのは控えておいた方がよさそうだ。面白かったけど。

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