ダイイング・メッセージ

 セント=ヘレナにおけるナポレオンの発言についていくつか書いてきたが、ついでに気になっていることも少し調べてみた。ナポレオンが死の間際に言った「最後の言葉」はどんなものだったのか、そしてそのソースは何か。
 ナポレオンの最後の言葉とされているものは、実は一種類ではない。ちょっとネットを探してみても「神よ、フランス国民、私の息子、軍隊の先頭」とか「フランス、軍隊、ジョセフィーヌ」あるいは「フランス軍の先頭に」さらに「先頭、軍」だけのものもある。皆が一致した通説というのは存在しないようだ。
 説が色々とあるのはソースとなる史料自体が色々な言葉を紹介しているため。たとえば最も簡単な「先頭、軍」(tete... armee...)という言葉はナポレオンの主治医だったアントンマルキが紹介している。

「時間は5時半となり、ナポレオンは引き続き意識が混濁したまま話すことも困難で、半端で不明瞭な言葉を口にしていた。その言葉の中で我々が聞きとったのは『先頭…軍』というもので、それが彼が最後に言ったことだった」
Les derniers momens de Napoleon"http://books.google.com/books?id=V30uAAAAMAAJ" p149

 同じ言葉は、ナポレオンの死後10日目に当たる1821年5月15日付でセント=ヘレナから出されたある手紙にも記されている。おそらく英国人が出したと思われるこの個人的な手紙には、以下のように書かれている。

「ブオナパルテが口にした最後の言葉は『先頭』――『軍』だった。彼の心の中でそれらにどのようなつながりがあったのか解明することはできない。だがそれらの言葉は、彼が死去した日の朝5時頃にはっきりと聞き取れた」
The Edinburgh Annual Register, for 1821"http://books.google.com/books?id=EWQJAAAAQAAJ" appendix, p115

 実際、「ナポレオンの最後の言葉」としてネットなどで見かけるものの大半には、軍隊とか軍の先頭という言葉が入っている。これらの言葉はナポレオンの最後の言葉(もしくはその一部)として幅広く認定されているようだし、ナポレオンの死後間もない時期に一般にも知られていたようだ。
 一方、「神よ、フランス国民」(mon Dieu... la nation francaise...)という言葉を紹介しているのはこちらだ。

「ナポレオンは午前3時頃、意識を失った。5月5日、彼が口にしようとした最後の言葉は『神よ…フランス国民!』だった」
Recueil de pieces authentiques sur le captif de Ste.-Helene"http://books.google.com/books?id=rYge-y3WEm0C" p422

 ナポレオンの葬儀と題された史料だが、これもセント=ヘレナにいた誰かが送った手紙に書かれていたようだ。この史料を載せている本はベルトラン、ラス=カーズ、グールゴー、モントロン、ウォーデン、オメーラ、アントンマルキらの手紙からナポレオンの言葉を引用したとなっているので、この言葉もそうした関係者の誰かが記したものかもしれない。
 ナポレオンの言葉の中には「私の息子」(mon fils)という言葉も含まれている。これはおそらく上に紹介した本のp415に載っている「5つ目の断片」に記されているものに由来するのだと思われる。この断片はナポレオンの召使が枕元で彼の言葉を紙切れに書きとめたもののようで、そこの最後に「我が息子に我が名のみを」といった意味の言葉が残っている。
 残るは「ジョゼフィーヌ」だ。これについては史料そのものをネット上で見つけることはできなかったが、誰がソースになったかは判明している。モントロンだ。1852年に出版された英語の本には以下のように書かれている。

「嵐は激しさを増しながら一晩中続き、そして忠実なモントロンによると『二度、私はつながりのない、フランス――軍、軍の先頭――ジョゼフィーヌ、という言葉を識別した』」
The Napoleon Dynasty"http://books.google.com/books?id=ridAAAAAIAAJ" p215

 脚注などは記されていないが、引用元がモントロンであることは明らかだ。モントロンがRecits de la captivite de l'Empereur Napoleon a Sainte-Heleneを出版したのは1847年だそうなので("http://www.napoleonic-literature.com/AgeOfNapoleon/Memoirs/MemoirsM.html"参照)そこに書かれていた話を引っ張ってきたと考えても矛盾はしない。

 以上が私の分かった範囲のソースだ。そして、これらの中で他の史料とはかなり異なるのがモントロンの本。彼の本のみがナポレオンの死後四半世紀以上経過した段階で出版されている。他の本は遅くても死後4年以内。そして人間の記憶というものは、時間が経つほど怪しくなっていくものだ。
 どこかで見かけたのだが、モントロンが最後の言葉に「ジョゼフィーヌ」という単語を挿入したのは、当時政権の座に近づいていたルイ・ナポレオンに媚を売るためだという説があるらしい。第二帝政下ではボナパルト家よりボーアルネ家の方が重く用いられており、そういう政策を取ったルイ・ボナパルトにゴマをするにはジョゼフィーヌの名前が効果を持つと思われていたのだとか。
 こちら"http://www.napoleon-series.org/research/eyewitness/c_truth.html"にはモントロンの本に関する研究者の評価が載っている。「クローニンは回想録を信頼できるとしているが、ヘイソーンスウェイトは信頼できないとしている。チャンドラーは『異論が多く盗用したもの』と性格づけている」そうだ。以上を元に考えると、他にしっかりした史料がない限り、ナポレオンの最後の言葉として一番ありそうなのが「先頭、軍」であり、逆に最も可能性が低いのが「ジョゼフィーヌ」となる。

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