街を歩く心軽く

 私の死後、そなたたちは皆ヨーロッパへと戻る幸せに恵まれるだろう。そこである者は親族と、またある者は友人と再会するだろう。そして私は「エリュシオンの野(死後の楽園)」で勇敢な戦友たちとまみえる。そう、クベレール、ドゼー、ベシエール、デュロック、ネイ、ミュラ、マセナ、ベルティエ、皆私に会いに来るだろう。彼らは私に、我らがともに何を成し遂げたかを話し、そして私は彼らに我が人生の最後を物語る。私を再び見て彼らは今一度熱狂と栄光に狂喜するだろう。そして我々はスキピオ、ハンニバル、カエサル、フリードリヒらと我々の戦いについて話すのだ。それはさぞや喜ばしいことだろう。それだけ大勢の戦士が一緒に集っている様子が来世に警戒を呼び起こすのを除けば。


 ナポレオンはセント=ヘレナでこう話したらしい。そのソースは何だろうと思っていたのだが、元帥関連のソースを調べているうちに発見した。アントンマルキの本"http://books.google.com/books?id=MnEuAAAAMAAJ"第2巻の114-115頁がそれである。彼が名前を上げた面々のうちクレベールがその通りに反応するかどうかは微妙なところだが、思い出が美化されるのは仕方あるまい。
 そこでふと気になったのが、皇帝がフランス語でどう話したかだ。アントンマルキはコルシカ人なので彼とナポレオンはコルシカ語で会話した可能性もあるのだが、まあ普通に考えれば上の会話もフランス語だっただろう。で、見つけたのがこちら"http://books.google.com/books?id=V30uAAAAMAAJ"の112ページ。

 et moi je retrouverai mes braves aux Champs-Elysees

 えーと、aux Champs-Elyseesですか。ナポレオンと将軍たちがお洒落なパリの目抜き通りを歩きながらオー、シャンゼリゼーと歌っている場面が脳裏に浮かんでしまった。エリュシオンってフランス語ではエリゼーだったんだな。

スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

トラックバック