救出

 アルコレの続き。沼に嵌ったボナパルトを助けた人物は誰だったのだろう。漫画では独力で脱出しているが、実際には他人の手を借りて引っ張りあげられたらしい。ナポレオン自身はセント=ヘレナで擲弾兵たちを「この勇敢な者たち」(Memoirs of the History of France During the Reign of Napoleon, Vol. III."http://books.google.co.jp/books?id=JW0uAAAAMAAJ" p362)と呼び、彼らに助けられたと話している。ベルティエの報告書には司令官を救出した人物については記されていない。
 フランソワ・ヴィゴ=ルシヨンは「名前は忘れたが、私に話してくれた第三十二半旅団の選抜歩兵が手を貸して、堀からブオナパルテを救け出した。ブオナパルテは彼に感謝し、ピストルを一丁渡し、あとで必ず司令部にこのピストルを持って出頭するようにと彼に命じた」との話を書いている。ただヴィゴ=ルシヨン自身はアルコレの戦いに参加していない。
 中でも最も奇妙なのはRecit Historique de la Campagne de Buonaparte en Italieなる本に関する書評の中で触れられている以下の話だろう。

「彼[Recit Historiqueの著者]はまた、敢えて彼[ボナパルト]を手助けしようとやってきたのはある黒人だけで、その結果としてその黒人が軍の騎兵大尉に任命されたと付け加えている」
The Literary Panorama"http://books.google.co.jp/books?id=lL8RAAAAYAAJ" p52

 ボナパルトを救出したのは黒人だというのだ。書評子はこれに対し「この話について我々はフランスで1798年と1799年にイタリア方面軍の士官たちとオージュロー自身から繰り返し聞かされた」(The Literary Panorama, p52)と補足し、この話が事実であると主張している。果たして本当だろうか。
 おそらく史実ではない。理由はボナパルトを助けた黒人の名前が記されていないことにある。ただの兵なら名前が出てこない可能性もあるが、当時の軍隊において昇進した士官の名が伝えられないという事態はとても考えられない。
 もう一つは、アルコレの戦い後に本当に大尉に昇進した黒人士官がいたことだ。その黒人の名はジョセフ・ダマング"http://fr.wikipedia.org/wiki/Joseph_Damingue"、別名エルキュール(ヘラクレス)。ただし、彼が昇進した理由はボナパルト救出の功績によるものではない。彼は、今回の漫画でも描かれていた偽の増援部隊を指揮した人物である。他ならぬボナパルトが戦闘直後の11月19日付で総裁政府に送った報告書の中でそう言明している。

「私は嚮導隊の士官である市民エルキュールに、彼の中隊から25人を選び、アディジェに沿って半リーグ迂回し、いくつかのラッパを鳴らしながら敵の背後に全力疾走で襲い掛かれと命じた。この機動は完全に成功した」
Correspondance de Napoleon Ier, Tome Deuxieme"http://books.google.co.jp/books?id=t10IAAAAQAAJ" p117

 漫画ではミュラが率いていたが、実際は黒人士官(彼は中尉だった)がこの作戦を実行したのである。ボナパルトはその成功を理由に彼を大尉に昇進させた。

「ベルティエ将軍へ
 ヴェローナ、共和暦5年ニヴォーズ1日(1796年12月21日)
 市民エルキュールを大尉の地位に昇進させる。アルコレの戦いで彼に同行した25人の嚮導兵たちには報酬として72フランを配分する」
Correspondance de Napoleon Ier, Tome Deuxieme, p194

 もうお分かりだろう。アルコレでは沼地に嵌ったボナパルトの話があり、一方で会戦後に大尉へ昇進した黒人の話も伝わっていた。そして誰かがそれを混同したのだ。特に情報が十分に入ってこなかった連合国側ではこの話が勝手にミックスされてしまった。おそらく亡命貴族だと思われるRecit Historiqueの著者と、その著作に触れた書評子(英語で書かれているのでおそらく英国人)は、そうした噂話を事実と受け取ってしまったのではないかと思われる。
 この「黒人救出説」がおそらく間違っていると判断される何より最大の根拠は、「俺が助けた」という人物がいることだ。しかも2人いて、なおかつ彼らの証言は相互に矛盾していない。この2人はボナパルトの副官であり、彼が沼または水路に嵌った際に助けに行っても全然不思議ではない人物だ。そう、マルモンとナポレオンの弟ルイである。
 マルモンは以下のように記している。

「ルイ・ボナパルトと私はこの危険な状況から司令官を引き上げた。ダンマルタン将軍の副官フォール=ド=ジエールが馬を彼に譲り、司令官は服を変えて体を乾かすためロンコへ戻った」
Memoires du duc de Raguse de 1792 a 1832, Tome Premier"http://books.google.co.jp/books?id=vrMFAAAAQAAJ" p238

 そして以下がルイの証言だ。

「ルイは兄に手を届かせることに成功したが、彼はそれほど強くなかったのでむしろそれどころか彼が引っ張られてしまった。マルモンが彼に加わり、2人の下士官も彼らを助け、ナポレオンをこの底なし地獄から引っ張り出した」
Documents historiques et reflexions sur le gouvernement de la Hollande"http://books.google.co.jp/books?id=45tJAAAAMAAJ" p61

 マルモンは「ルイ・ボナパルト」の名に触れ、ルイは「マルモン」が救出を手伝ったと述べている。もちろん彼らが揃って嘘をついている可能性は残るが、現場にいなかったヴィゴ=ルシヨンの唱える「選抜歩兵」説や、疑問点ばかりの「黒人」説に比べればはるかに信頼性は高い。ルイもマルモンも現場にいたので彼らの文章は一次史料だ。複数の一次史料が一致している件について否定するつもりなら、せめて同様に複数の一次史料を論拠にすべきだろう。という訳で具体的な一次史料が見つからない限り黒人説は棄却するしかない。ボナパルトを助けたのはルイとマルモン(もしかしたらその他数人)だと考える方が妥当だ。

 もう一つ書きたいことがあるのだが、長くなったので次回。

スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

トラックバック