アンストラザーの報告 4

 皇弟殿下オーストリアのカール大公の司令部
 ヴィンデッケン、1796年9月11日
 閣下、
 ラ=トゥール将軍の報告によると、今月1日と2日、モローはその右翼をもってミュンヘンでイーゼルに架かる橋を支配しようとした模様です。2日間終日行われた執拗な戦闘の後で彼はかなりの損害を出してフュルステンベルク公に撃退されました。
 その間ラ=トゥール将軍はナウエンドルフ将軍と合流し、2日に敵の左翼を攻撃して彼らを6リーグほど押し返しました。しかしランゲンブルッヘの近隣では、かなりの増援を受けた敵がとても有利な位置に布陣したため、ラ=トゥール将軍は敵を追い出すためのいくつかの成果のなかった試みの後で、イーゼル背後の最初の陣地へ退却するのが都合がいいと判断しました。しかし、フュルステンベルク公への敵の攻撃を弱めるという作戦の目的は達成しました。
 いまだモローが退却を始めたという明白な情報はありませんが、最近の動きからは彼がその準備を進めていると察する理由はあります。
 敬具
 ロバート・アンストラザー
 第3近衛連隊大尉
A Collection of State Papers Relative to the War Against France "http://books.google.com/books?id=OZ4BAAAAMAAJ" p92

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