DNA本?

 「Y染色体からみた日本人」という本を読んだ。Y染色体に関する最新の知見を元に日本人についてかなり想像力を羽ばたかせまくった本だ。おそらく最新知見の部分はまじめに読み、日本人について考察したところは眉に唾をつけて読むのが正しい見方だろうが、ここでは後者を主に取り上げる。なぜならそちらの方が面白いからだ。
 まず日本人のY染色体についてはいくつかのタイプがあり、それについて著者はそれぞれ縄文人、弥生人に由来するのではないかと分析している。簡単に言えば大陸にほとんど見られないタイプは縄文人、朝鮮半島などにそこそこ見られるタイプは弥生人という訳だ。
 著者によれば縄文系は山間部に多いのだとか。その理由について著者はいきなり神武東征話を持ち出し、それは種もみを持って列島へやってきた弥生人の動きを反映した話ではないかと書いている。神武が大和盆地を目指したのも氾濫原で農耕に適しており、一方で縄文人は利用していなかった地域だから。結果、平地には弥生人が増え、山間部には縄文人が残ったという訳だ。
 さすがに無理すぎる想像ではないかと思う。弥生時代から現代に至るまでの人口移動を全く考慮していないところが問題。それにデータがないので、本当に山間部に縄文系が多いと言えるだけの統計的な裏付けがあるのかどうかも不明だ。また、著者は「五段活用動詞」と「一段活用動詞」は違う言語に由来するのではとしているが、本当にそうなのかは分からない。
 もう一つの特徴が生まれ月による分類。簡単に言えば縄文人は年の前半生まれが多く、弥生人は後半生まれが多いという説だ。ただし、これも掲載された表を見る限りどこまで断言できるのか微妙。まずサンプル数が少なすぎる。縄文系とされるD2というタイプでは1-6月生まれが69人、7-12月が62人。別の縄文系は1-6月59人、7-12月54人。どちらも言うほどの差はない。
 はっきりと差が出るのは弥生系のO2b1。1-6月61人、7-12月90人で、これは確かに偏りがあると言っていい。だが同じ弥生系のO3では1-6月48人、7-12月34人となっており、こちらはむしろ年前半の方が多いのだ。このデータを元に縄文人は食料の多い秋に向けて子育てするため年前半に子供を産み、弥生人はそのニッチに入り込んだと推測するのは無理がありそうに思える。
 今話題の女性天皇については「このようにクローズアップされた一家系で、一回もY染色体が途絶えなかったなどということは確率的に言ってまずありえない」とあっさり。天皇制はあくまで「制度」であり、実態よりも人々が抱く共同幻想の方が大きいということだろうか。もっとも幻想だけに理屈で話が進まないのがこの問題のやっかいなところだろう。

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