リアル鬼ごっこ

 今月のナポレオン漫画は色々な意味で充実していた。まず大陸軍戦報。あれだけの情報量をあのページに収めるのはかなり大変だったのではないだろうか。以前から「想定外のクロスカウンター」として紹介していた珍事もきちんと書かれていたし。できればヴルムゼルがマントヴァに寄り道していた話まで載っていると良かったのだが、そこまで書いたら多分あのページには収容しきれなくなっていただろう。
 次に本編。バッサノ戦役は第一次イタリア遠征の中でもある意味最も凄いということは前にも述べた。一方でこれを漫画で表現するのは難しいとも思っていた。流れを詳しく説明するのは避け、ヴルムゼルがマントヴァに追い込まれたことを指摘するだけにとどめるのではないかと予想していたのだ。まさか真正面からあの凄まじい機動を描写するとは思ってもみなかった("http://www.napoleonicminiatureswargame.com/maps/nap6.jpg"参照)。
 某匿名掲示板の反応などを見ると、何が起きたのかそれなりに読者にも伝わっている模様。あそこに書き込んでいる中では当然マニアの比率が高いだろうからあれが一般読者の声そのものだと考えるのはまずいとしても、きちんとバッサノを描ききった作者の力量は大したものだというしかない。しかも笑える。ナポレオン戦争についてこのように描いた漫画を読めるのは幸いと思うべきだろう。
 もう一つお見事だったのは求人情報。本編を読み終わった後にもう一つオチが待っているとは予想だにしなかった。頑張ってよりよい雑誌を作ってもらいたい。

 ではいつものように史実との比較を。冒頭でベルティエが睡眠不足からぶっ倒れる場面があったが、実際の彼は13日間連続して眠ることなく活動を続けたことがあるとか"http://www.napoleon-series.org/research/biographies/marshals/c_berthier1.html"。そのベルティエがある時「こんなに働かされていたのでは死んでしまう」と悲鳴を上げたというのだから(確かフェインの回想録にあったと記憶している)、ナポレオンの異常なワーカホリックぶりもよく分かる。ちなみにナポレオン自身はカスティリオーネ戦役の際に7日間不眠不休で働いたそうだ("http://books.google.co.jp/books?id=GG0JDfAqu_oC" p284)。軍隊が体育会系のノリで行動するのはいつの時代も同じらしい。
 カスティリオーネ後、フランス軍がマントヴァの攻囲を諦め封鎖に切り替えたのは多分史実通り。史実と異なるのは、ブレンタ川沿いに進軍するアイデアをクォスダノヴィッチ"http://www.napoleon-online.de/AU_Generale/html/quosdanovich.html"が出している部分だ。この作戦を持ち出したのはラウエル。彼はカスティリオーネ戦役で損害を蒙ったフランス軍はすぐには回復できないと考え、1万7000人をティロル防衛に置き、残る2万6000人でブレンタを下ってフランス軍の側面を脅かす計画を立てた(Martin Boycott-Brown "The Road to Rivoli" p416)。
 もう一つ、漫画が史実と異なるのは、トレント防衛にクォスダノヴィッチを残していたこと。実際にトレントに残ったのはダヴィドヴィッチ"http://www.napoleon-online.de/AU_Generale/html/davidovich.html"であり、クォスダノヴィッチはヴルムゼルの主力部隊の後衛を担っていた。あのキャラ付けといい、本来なら他人のものであった登場場面を自らのものにしてしまったことといい、漫画のクォスダノヴィッチは実においしいキャラ。オーストリア側でここまで目立ったヤツは初めてではなかろうか。
 ラウエルの計画はフランス軍のティロル侵攻を想定していなかったため、実際にフランス軍がトレントまで前進し、そこからさらにオーストリア軍の背後を追撃し始めたのを知った時にはヴルムゼルも驚いたことだろう。オーストリア軍に同行していた英軍のトーマス・グレアムは「彼[ボナパルト]は、オーストリアの将軍が彼がそうするだろうといい気になって信じていたようにアディジェ川に沿ってヴェローナに退却する代わりに、右のブレンタ峡谷へ転じた」(Thomas Graham "A Contemporary Account of the 1796 Campaign in Germany and Italy" p104)と書いており、ボナパルトの行動がオーストリア軍にとって予想外のものであったことを指摘している。ヴルムゼルが驚くシーンは史実と比べてもあながち間違いではないようだ。
 一方、ボナパルトはそうではなかった。彼はそもそもティロルへの行軍を始める前にモローへ書いた手紙の中で、「[オーストリア]軍の1個師団がブレンタ川沿いに布陣している」(Boycott-Brown "The Road to Rivoli" p420)と書いており、敵が自分たちの側面に兵力を置いていることには気づいていた。そして、トレントに到着してオーストリア軍がブレンタを下ったことを知った段階で素早く計画変更している。この事実は「彼が既にその可能性を考慮していたことを示唆する」とBoycott-Brownは指摘している。つまり、ラウエルの作戦はボナパルトに読まれていたのだ。
 いや、それだけではない。バッサノの戦い後にヴルムゼルがトリエステへ撤収するのではなく、さらにマントヴァへ向かって前進し続ける可能性すらボナパルトは読んでいた。トレントで作戦変更を決断したことを総裁政府に知らせた手紙の中で彼は「私は本日ブレンタ川に沿って行軍し敵をバッサノで攻撃するか、もし彼がヴェローナへ移動するならその背後を遮断します」(Boycott-Brown "The Road to Rivoli" p427)と書いている。ヴェローナの方角、つまりマントヴァと同じ西方へオーストリア軍が向かうことすらも、ボナパルトの想定内だったのだ。
 漫画ではオーストリア軍が西へ向かったと聞いて驚愕するボナパルトが描かれていたが、あれは話を分かりやすくするためのフィクションと考えていいだろう。とにかくこの戦役におけるボナパルトの見通しは的中しまくっている。正確に言えば、彼が予め想定していたいくつかの可能性の中に相手の実際の行動がほぼ全て含まれていた。だから彼の軍はあれほど見事に対処できたのだろう。別に彼の見通しがいつも正しい訳ではなく、実際にカスティリオーネなどでは齟齬ばかりきたしていたのだが、この戦役ではとにかくヤマが当たったようだ。
 それにしてもヴルムゼルはなぜマントヴァに追い込まれて封鎖されるリスクを犯して西へ向かったのだろう。グレアムはマントヴァの守備隊と合流すれば野戦を続けるだけの兵力になるし、味方の新たな増援が到着するまで持ちこたえられると判断したのではないかと推測している。一方、ナポレオンは後にセント=ヘレナでバッサノの戦いについて述べた際に、ヴェローナにあまりに接近していたヴルムゼルの前衛部隊がバッサノの戦い当日にはそこまで引き返してくることができなかったと記している("http://books.google.com/books?id=dmguAAAAMAAJ" p267)。もしヴルムゼルが東のトリエステ方面へ逃げていたら、この前衛部隊は完全に孤立し、おそらくあっという間にフランス軍に降伏を強いられただろう。それを妨げるため、彼は西へ向かったのかもしれない。
 ヴルムゼルの全軍がマントヴァへ追い込まれた訳ではなく、実はクォスダノヴィッチの部隊だけはトリエステ方面への脱出に成功している。おかげで彼はこの後、アルコレやリヴォリの戦いにも関与することになった。もしかしたら漫画の方でも「ざます」の登場場面が今後とも期待できるかもしれない。いやー、つくづくおいしいキャラだ。

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