超捕食者

 以前、こちらでホモ・サピエンスの歴史と経路依存性について話をしたことがあった。例えばホモ・サピエンスが進出した新大陸ではヒトに慣れていないメガファウナという容易に狩猟できる資源があったが、調子に乗って彼らを大量絶滅させてしまったためにその後は家畜がほとんど手に入らない事態に陥ったという話だ。過去にその大陸にヒトがいたか否かが後々まで影響を及ぼしたという意味で、経路依存性を示す一例と言える。
 ただしこの「第四紀の大量絶滅」の原因が本当にホモ・サピエンスにあるのかどうかについては必ずしも通説になっているとは言えない。もう1つの有力な説が気候変化によってメガファウナは絶滅に追い込まれたというもので、例えばClimate-driven ecological stability as a globally shared cause of Late Quaternary megafaunal extinctions: the Plaids and Stripes Hypothesisという論文では最終氷期後の気候の安定がサイズの大きな生物にとってはマイナスに働いたとの仮説を提示している。
 とはいえ気候変動を原因とする説が成立するには、世界でほぼ同時に、かつ同じようにメガファウナが絶滅に追い込まれている方が望ましい。でも実際は逆だ。Global late Quaternary megafauna extinctions linked to humans, not climate changeのFigure 1を見るとわかるが、アフリカとユーラシア南部では絶滅が極めて少ないのに対し、特に南北アメリカとオセアニアでは数多くのメガファウナが絶滅している。絶滅が多かった時期もオーストラリアでは5万年から3万3000年前、北アメリカでは1万5000年前から1万1000年前、南アメリカでは1万2000年前から8000年前と場所によって時期がずれており、最終氷期よりもホモ・サピエンスの移住と歩調が合っているように見える。
 もちろんそこまで明白にデータがホモ・サピエンスによる絶滅を裏付けているわけではないとの見方もある。Late Quaternary Extinctions: State of the Debateでは、ヒトが世界各地で直接的な狩猟や間接的な生息環境の変更などを通じてメガファウナの絶滅を加速したとしても、気候変動がなければその状況は違っていたのではないかと指摘している。Figure 2を見るとオーストラリアや北米についてはヒトの影響が大きいものの、ユーラシアについては気候の影響が大きく、南米ではデータが不十分だとしている。
 さらに関連して最近紹介されていた面白い話が、アフリカの動物たちはライオンの声や銃声よりも「人間の声」を恐れているという記事だ。題名の通り、南アフリカの野生動物を対象にヒトの声、ライオンの声、犬の吠え声、そして銃の音などを聞かせた結果、ヒトの声が流れた時ほど動物たちは急いで逃げ出す度合いが強かったのだそうだ。
 元になった論文はFear of the human “super predator” pervades the South African savanna。Figure 1を見るとわかるがライオンよりもヒトの声の方が逃げ出す度合いは高く、またその時間は短かった。動物種によって違いはあるものの、8~9種類の動物はヒトとライオンを比べた時に統計的に有意な差が出ていたという(Figure 2、3)。途中に紹介されている動画でも動物たちが急に逃げ出す様子がいくつも映っている。
 先に紹介した第四紀の大量絶滅に関連する論文では、アフリカでその絶滅が少ないことが示されていた。アフリカはホモ属と最も長く付き合ってきた大陸であり、そこに住む動物たちにはヒトを「ヤバい存在」と認知できるよう進化するための時間が十分にあった計算となる。同様にホモ・エレクトゥスが比較的早く進出したユーラシア南部も、ヒトの声で逃げ出すアフリカの動物たちのようにヒトの脅威に慣れたメガファウナが多かったのかもしれない。逆に南極のペンギンのようにあまりヒトを恐れない生き物は、狩猟採集が中心だった時代のホモ・サピエンスによってあっという間に追い詰められてしまった、と考えることはできそうだ。

 とまあこの研究は経路依存性を裏付けるような内容であったが、一方でホモ・サピエンスの移住とアメリカのメガファウナの絶滅がずれる可能性を指摘した研究もある。人類が2万年以上前に北米に到達していた痕跡を示す足跡を発見という記事がそれで、ニューメキシコ州にホモ・サピエンスが2万年以上前にいたと見られる痕跡があるのだそうだ。最終氷期にはカナダ付近にあった巨大な氷河によってヒトが到達していたベーリンジア(水位が下がって陸地になっていたベーリング海峡)と北米は隔てられていたが、ホモ・サピエンスたちは海沿いに南下していったのではないか、という考えである。
 元になった論文はIndependent age estimates resolve the controversy of ancient human footprints at White Sands。この説自体はもっと前から主張されているが、2023年になって新しい証拠について論じたものだそうだ。この話が事実だとしたら、ヒトが北アメリカに来たタイミングと、メガファウナが絶滅に向かったタイミングとの間には1万年ほどの差が生じることになり、メガファウナの滅亡をホモ・サピエンスと結びつけるのが少々難しくなる。
 アメリカ大陸にいつヒトが到着したかについては、Genomes Reveal Humanity’s Journey into the Americasという記事でも紹介されている。昔からの通説で、最近でも一部の考古学者が唱えているのは、1万3000年ほど前のクローヴィス文化がアメリカに現れた最初のヒトの痕跡だという説。この時期になるとカナダの氷河は一部が溶けてアラスカと北米をつなぐ無氷回廊が現れていたようで、そこを通ってヒトがアメリカ大陸に進出したというのがかつて一般に受け入れられていた主張だ。
 それに対し、遡れば3万年ほど前からヒトがやってきていたというのが、最近増えている海岸沿いを南下したというものだ。メキシコやブラジルで古いヒトの痕跡である可能性が存在する遺跡が見つかってきたのが理由であり、だとするとクローヴィス文化より昔からアメリカにはホモ・サピエンスがいたことになる。これと似た主張は他にもあり、例えばRapid radiation of humans in South America after the last glacial maximum: A radiocarbon-based studyでは南米の古い遺跡のデータを使い、ヒトが1万5500年ほど前から南米各地にいたのではないかとの推測をしている(Fig. 5)。これもクローヴィス以前だ。
 実は一部の研究者はさらに古い時期の移住を考えているという。13万年前にヒトの活動があったという説で、これが事実ならホモ・サピエンスというよりホモ・エレクトゥスがアメリカに渡ったと考える方が辻褄が合う。ただしこの主張は大半の研究者が否定しているそうで、あくまで少数派の見解に過ぎないと考えた方がよさそう。あくまで現時点ではホモ・サピエンスがどのタイミングで氷河を越えてアメリカ大陸まで足を延ばしたか、が問題になっているのだろう。
 ホモ・サピエンスがどのように生息域を広げたかについては、例えば出アフリカのタイミングについてもいろいろな意見があるくらいで、まだまだ活発に議論がなされている最中。当然ながらアメリカ大陸についても見解は一致していないようで、記事でも述べられているように、本当に古くからヒトがいたのなら「どうして同じような時代の遺跡がもっと見つからないのか」という疑問が浮かぶ。おそらくはまだ今後の議論や新しい証拠を待った方がいいんだろう。

 ホモ・サピエンスの生息域拡大については、ヒトの歴史の中でも重要な画期の1つではなかったかと以前書いたことがある。加えてなぜ彼ら以前のホモ属ではなくホモ・サピエンスがそこまで広範囲に、かつ短時間で広まったのかという疑問もあるし、北極圏の極寒から赤道直下の灼熱に至るまでの極端な環境の違いにどう対処していったかも興味深いところだ。基本的には獲物を追ってはるか南米の果てまで移動していったのだと思うが、詳細についてはまだこれからという部分が多いんだろう。さらには第四紀における草食動物の絶滅が枯草の増加につながり、例えば南米で山火事を増やすといった影響を及ぼしたとの研究もある(Global response of fire activity to late Quaternary grazer extinctions)。ヒトの活動が環境に意外な影響を及ぼすという点では以前紹介した話とも通じるわけで、なかなか面白い。
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