危機データ

 以前からちょくちょく触れていたCrisisDBだが、このデータに基づいたプレプリントがようやく出てきた。前にも記した通り、Seshatのリニューアルに伴ってPower TransitionsとかCrisis ConsequencesといったCrisisDB関連のデータが既にサイトにアップされている。中身を見るにはサインインする必要があるため詳細は不明だが、とりあえずPower Transitionsの方には前任者の暗殺や外国からの侵略、大衆の蜂起といった項目があり、Crisis Consequencesには内戦や革命といったものの他にも、人口減のような項目と、また参政権という政治改革にかかわる項目が入っている。
 こうしたデータを使って書かれたプレプリントが、All Crises are Unhappy in their Own Way: The role of societal instability in shaping the pastだ。筆頭著者はHoyerで、他にもBennett、Whitehouse、Korotayev、Turchinといったいつもの面々が顔を並べている(大阪大に務めている人物もいる)。今回取り上げたデータには168の「危機」が含まれているそうで、こうした危機を巡る研究でこれだけ多くの事例を対象に分析したものはあまりないだろう。その意味では内容はともかくデータが示されるだけでも楽しみ……だったのだが、結果的にはいささか肩透かしの内容となった。

 ごく単純にこのプレプリントの結論を述べるなら、「典型的な危機」なるものは過去に存在しなかった、ということになる。題名及び文中でトルストイの「すべての幸せな家庭は似ている。不幸な家庭は、それぞれ異なる理由で不幸である」という言葉をなぞっている通り、「危機はそれぞれ異なる形」をしているというのがこの分析から浮かび上がってきた特徴だ。つまりこういうパターンがある、という形でカテゴライズするのが難しいのが危機なのだ。
 どういうことか。まず最初にここで調べた168の危機について、どの時代に(Figure 1a)どの地域で(Figure 1b)起きたのかが紹介されている。見ての通り、多くは紀元1000年以降の割と新しい時期に集まっており、また地域別にみると歴史資料が豊富な欧州と東アジア、南西アジアに事例が集中している一方、南アメリカやオセアニアなどはデータ数が限られている。いずれも手に入りやすいデータを考えると避けられない偏りではあるが、分析に際しては注意した方がいい部分だろう。
 続いて危機がどのくらいの期間続いたかについてもまとめられている(Figure 2)。中央値に相当するのは22年で、それも含め短い期間で危機が終わった事例が圧倒的に多いことが分かる。基本的に1世代で終了するというあたりは、こちらで紹介した「不安定性との関係が強いのは父―息子サイクルの方」という説とも通じている部分だろう。世代が変わればいつまでもトラブルを続けようとするものは少なくなり、危機は終焉を迎えるわけだ。
 以上の基本データの次に説明されるのがCrisis Consequencesの変数だ。危機の結果として何に影響が及んだかを調べたもので、人口、エリート、支配層、国家そのもの、そして外国という5つのカテゴリーに分けられるそうだ。より具体的にはSupplemental Materialsに載っており、それを見ると例えば国家なら大衆蜂起、内戦、革命、成功した革命、1世紀を超える危機、政治的分裂、首都の破壊もしくは征服、といった要素が含まれている(5-7/24)。そしてこの5つのカテゴリーを合計した複合スコアも計算したそうだ。
 それ以外に調べたデータとして上に述べた参政権のような改革についても変数を集めたほか、危機が起きた歴史上のタイミングと、その政治体の持続期間全体のうち何%の時間が経過したかを示す時間、世界のどの地域で起きたのか、そしてこれまでも紹介している社会の複雑性(SPC1)も取り上げている。最後の件についてはこちらで紹介したが、その時には9つの分野から複雑さ指標を算出したことを紹介した。一方、今回のプレプリントでは人口や面積などを規模というデータにまとめ、後はヒエラルキー、政府、インフラ、情報、マネーという計6種類を組み合わせて計算している。
 そして分析に入るのだが、まず危機と改革の結果がどう分布しているかを示したのがFigure 3。左のX軸は危機の変数の種類が多くなるほど数字が大きくなるものだが、全体としては正規分布に近い形を描いており、どちらかに極端に偏っている様子はない。一方、改革については取り組まれない事例が圧倒的多数だ。ただし改革の実行と危機の深刻度(危機の種類の多さ)との間にはおよそ相関らしいものはない(Figure 4)。具体的な危機の種類がどのくらいあったかはFigure 5にまとめられているが、多いものでも5割程度にとどまっていることが分かる。深刻な危機に割と共通して見られるのは国家に関する変数だが、人口やエリートの変数はそこまで見られず、つまり人口やエリートに大きなトラブルが起きてもそれが深刻な危機に直結するとは限らない様子がうかがえる。
 危機の結果の5カテゴリーと改革を合わせたそれぞれの相関をまとめたのがFigure 6。見ての通り、いずれも係数はかなり小さく、つまり互いにほとんど相関を示していないことが分かる。その傾向は主成分分析にも表れており、Figure 7aを見るとPC1ですら50%未満にとどまっている。しかもこのPC1は実際はほとんど国家変数で説明がつき、またPC2はほとんど人口変数で説明がつく(Figure 7b)わけで、要するに個々の変数がやはり互いにおよそ無関係なまま存在していることが分かる。
 それに比べるともう少し傾向らしきものが浮かんでくるのは時間との関係だ。Figure 8では危機が始まった時期と、危機の深刻度、領土の分裂、人口崩壊、改革のそれぞれとの関係がグラフ化されている。ただし真ん中2つはほぼ無関係で、危機の深刻度と改革については最近になるほど高くなっているらしい傾向が出ている。とはいえいずれも明白な傾向とまでは言い難い。さらに政治体の経過期間と危機の深刻度及び改革との関係を見ると、前者はこれまたわずかに後半になるほど上昇しているが、後者には明白な傾向はない。
 そして最後には地域別のグラフ(Figure 10)。こちらも危機の深刻度と地域との間に明白な違いは見当たらない。それに比べると改革は欧州が突出しているという特徴があるが、続く南アジアは信頼区間が異様に広く、やはりはっきりとしたことは言えない。つまるところ過去の危機には目立った傾向らしいものは見られず、幅広いバリエーションが様々な時代、様々な場所で見られたということになる。まさにHistory is just one damned thing after anotherだ。
 それでもプレプリント内では特徴らしきものを見出そうといろいろと工夫している。緩やかな傾向にすぎないが、複雑度、特に規模が大きいほど危機の深刻度が高まるとか、逆に規模や政府は改革とは負の相関を持っており、むしろヒエラルキーの方が正の相関をもたらすという話などがそうだ。ヒエラルキーが強ければ上からの改革に実効性が持たせやすい一方、規模や政府はむしろ現状維持を強める効果を持っているのではないかと文中では分析されている。
 また今回の分析ではカバーできない議論として持ち出しているのが、環境変化やあるいは永年サイクルのような事象で、特に後者はエリートなどの行動に影響を及ぼす形で危機の結果を変える可能性があるとしている。その実例として紹介されているのが黒死病の際にイングランドとマムルーク朝で取られた異なる対応とそれにともなう両国の結果の違いで、似たようなプレッシャーでもおよそ異なる結果がもたらされることが示されているのだそうだ。このプレプリントではここ以外だと冒頭付近に太平天国が出てくるくらいで、歴史的な具体例は実はそれほど多くない。
 とはいえこの文章の結論が、基本的に「人生いろいろ、危機もいろいろ」なのは間違いない。傾向があるといってもいずれも相関係数は低く、あくまで限定的な傾向と見た方がいいし、永年サイクルにおけるエリートの振る舞いが重要という指摘に至っては、エリートの振る舞い次第で結果はいかようにでも変わるとも解釈できる。筆者は今後の研究方針についても記しているが、おそらく基本的な性質、つまり危機のバリエーションは極めて豊富であって一定の傾向を導き出すのは難しいという部分はそうそう変わらないだろう。
 だとすると、過去の事例から今起きている危機がこれからどうなるかを読み解くのは難しいことになる。傾向らしい傾向がないのだから、結論としてはどちらにだって転び得る、となっても不思議はない。逆に言えば今いる者たちの努力次第で望ましい結果を導き出す可能性は常に残されているわけで、だから諦めることなく危機に立ち向かえと言うことも可能なわけだ。君たちの将来はまだ真っ白だ、と言われて予測不能性を前におののくのか、無限の可能性があると喜ぶのか。読んだ者の性格によってこのプレプリントから受ける印象はおよそ違ってくるのかもしれない。
 その中で敢えて肯定的な話をするのなら、こういう読み方によっては「NULL論文」とも取れるものが普通にプレプリントで公開されること自体は、アカデミアの世界における前向きな変化ととらえることができる点だろう。このあたりについてはこちらにいろいろと面白い話が書かれているのだが、今回は長くなってきたのでそちらについては次回に。
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