14種の家畜?

 前に駄獣が複雑な社会を作るうえで重要だったとの説を紹介した。それによると駄獣として家畜化されたメガファウナは10種類いることになる。一方、ダイアモンドは銃・病原菌・鉄の中で、家畜化された大型動物は14種類しかなく、そのうち13種類までは野生種がユーラシアにいたと記している。前者については具体的にどのような動物種がいるかは紹介済み。後者の14種についてはダイアモンドのデータを修正した一覧がLevels of domestication in fish: Implications for the sustainable future of aquacultureのTable 1で閲覧できる。
 さて、ここで問題なのは表に出てくる学名(Scientific names)だ。14種と言いつつ学名として出てくるのは実は16種。1つはウシで、Bos taurusとBos indicusの2つが紹介されている。実は後者はコブウシと呼ばれる南アジアで家畜化されたウシであり、ヨーロッパとアジア北部に家畜化の起源があるコブ無し家畜牛とは微妙に違っている。それぞれ野生種であるオーロックスの異なる亜種から家畜化されたようで、アメリカ哺乳類学会ではウシとコブウシは独立した種となっている。
 ダイアモンドはこの2種を1つにまとめている。ウシ属の日本語wikipediaを見るとこの両者はBos primigeniusに属する亜種となっており、つまり両者を同じ種と見なす分類もあるんだろう。だが英語wikipediaではこれらは別の種になっているし、そもそも米国出身のダイアモンドがなぜアメリカ哺乳類学会と異なる分類をしたのかは不明。種の単位で分けるならウシを2つに分けてもおかしくない。
 ちなみにヤク、バリ牛、ミタン(ガヤル)はいずれもウシ属ではあるが、ヤクはPoephagus亜属のBos grunniens、バリ牛はBibos亜属のBos javanicus domesticus、ガヤルは同じBibos亜属のBos frontalisという種になる。ウシ属にはもう1つBison亜属(アメリカバイソンやヨーロッパバイソンがいる)がいると英語wikipediaには書かれているが、日本語wikipediaではバイソン属という別の分類になっており、要するに分類はなかなかややこしい。
 ややこしい理由はウシ科の別種同士の交配が自然界でも繰り返し生じていたことにもあるようだ。つまり系統樹のように順次枝分かれしていくだけでなく、途中で何度も合流を繰り返していたのが実態なんだろう(最近はこういう話もあった)。このややこしさは家畜種のガヤルにも表れており、ガウルを飼いならしたものという説と、ガウルがウシやコブウシと交配して生まれたという説がそれぞれ存在するという。というわけでウシについてはダイアモンドの分類が正しいか間違いかの判断を下すことは難しい。

 もう1つはリャマとアルパカだ。そもそも一覧表ではリャマとアルパカを併記しており、一般名も学名も2種類が並んでいるにもかかわらず1種類にまとめられている状態。そしてこちらもやはり分類がなかなか混乱している事例となる。リャマとアルパカはいずれもラクダ科に属する動物だが、日本語wikipediaでは前者がグアナコと合わせて「ラマ属」、後者はヴィクーニャと合わせて「ヴィクーニャ属」となっているのに対し、英語wikipediaを見るとリャマとアルパカはいずれもまとめてラマ属に放り込まれている。ただしリャマの項目を見るとアルパカとヴィクーニャを「ヴィクーニャ属」であると紹介している。
 リャマとアルパカはそれぞれ野生種であるグアナコ、ヴィクーニャが家畜化されたものであるらしい。ところが困ったことにリャマとアルパカは相互に交配が可能で、その結果としてアルパカの雄とリャマの雌を交配させる取り組みが何度も行われていたようだ。結果、マイクロサテライトのデータを見るとアルパカはヴィクーニャと似ているが、母系で伝わるミトコンドリアDNAを見るとグアナコに近い、というややこしい事態が生じている。
 それでも、あくまでざっとwikipediaを見た範囲でこの両者が同じ種の亜種であるとしている例はない。あくまで別の種だと考えるなら、ダイアモンドがこれらを一緒くたにしたのはかなり乱暴に見える。一方で両者が交配可能な点を踏まえるなら実質的には同じ種ではないか、という主張もあり得そう。アルパカの体重が48キロから90キロほどなのに対し、リャマは130キロから272キロとかなり大きいのを見ると、やはり違う種ではないかとも思いたくなるところだが。
 駄獣について書かれた文章ではそもそもリャマしか取り上げていないため、1種と数えることに問題はないだろう。サイズの大きいリャマと異なり、小型のアルパカは輸送より毛を刈り取る目的で家畜化された面が強いようだ。リャマは体重の25~30%の荷を背負って8~13キロは移動できるそうで、他にそうした家畜のいなかった新大陸では十分に駄獣としての役割を果たせたのだろう。一方ダイアモンドのように家畜の数を数える場合、やはりこの2種をまとめてしまうのには問題もありそうだ。

 より問題が大きいのはロバEquus africanus asinusだろう。ダイアモンドはロバも含めてユーラシアで家畜化されたとしているが、現在ではロバが家畜化されたのはアフリカだというのが定説のようだ。何より野生種であるアフリカノロバが名前の通りアフリカに生息しているのが大きい。これらの地域は生物地理区で見るなら旧北区よりエチオピア区に属すると見られる。ロバが家畜化されたのは7000~5000年前とウシ、ヤギ、ヒツジよりは遅い時期だったようで、最初から駄獣として家畜化された可能性がある。
 ダイアモンドがロバの家畜化をユーラシアとした理由ははっきりとわからないが、そもそもアフリカで家畜化されたことが分かってきたのがゲノム解析の進んだ21世紀以降だった、という可能性がある。英語wikipediaで紹介されている論文(こちらこちら)はどちらも21世紀になって発表されたものであり、ダイアモンドが本を書いた時点ではまだそうした情報が広まっていなかった、のだろうか。
 このあたりの判断は難しい。確かに1995年出版のArch Of Societyには家畜化されたロバの最古の証拠が中東にあると記している(p358)し、1998年のDaily Life in Ancient Mesopotamiaにはメソポタミアでロバと野生のオナガーの交配が行われたという話が載っている(p251)。だが一方で、1997年に出版されたEncyclopedia of Indo-European Cultureには家畜化されたロバは紀元前4000年頃に北アフリカで登場したとあるし(p34)、1981年に書かれたFeral Burro Management Programという文章にもロバの野生種はアフリカノロバであると明記されている(11-60)。さらに遡って1976年のFeral Burro Management and Ecosystem Restration Plan and Final Environmental Statementにもロバの野生種が北東アフリカにいたと記されている(p21-22)。どちらが正解にせよ、ダイアモンドの解釈は現在はあまり受け入れられていない。

 以上のようにダイアモンドの主張する「14種の家畜」についてはいくつか突っ込みどころがある。ここで注目したいのは、彼がこの数字を使って大陸ごとに何%の家畜候補が実際に家畜化されたかの一覧表を提示している点だ。彼がどんなソースに基づいてこのデータを提示したのかは知らないが、おそらくはそのソースにおいてウシとコブウシ、リャマとアルパカがそれぞれ1つの種として、またロバの家畜された場所がユーラシアとして記載されていたのではなかろうか。だとすればダイアモンドはソースをそのままなぞったことになる。
 そのうえでダイアモンドはユーラシアで家畜候補のうち18%、アメリカで4%が実際に家畜化されたと結論づけている。もしロバをサブサハラ・アフリカの家畜としても、これらの数字はユーラシアで17%、アフリカで2%という数字になるわけで、ダイアモンドの結論自体はそれほど揺るがない。しかし別のデータを使うとまた違う数字が出てくる。具体的にはこちらのデータで計算した場合だが、アフリカでは3%、南米は8%、そしてユーラシアは驚異の71%でメガファウナの家畜化成功となる。ユーラシアが有利なのは同じだが、これは有利すぎる気もする。おそらく計算の仕方に問題があるのだろう。
 これまで述べたように「種」の単位を調べるのは実は簡単ではない。それに基づいてどの大陸が家畜化において有利だったかを見る取り組みについても、わかるのは「全体の傾向」にすぎないのであって、個別の数字をあまり重要視するのは拙そうだ。ダイアモンドの話はとても面白いし説得力もそれなりにあると思うが、彼の言い分を金科玉条のように捉えてはいけないのだろう。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント