不和の広がり

 ウクライナで火の手が上がったとき、個人的には不和の時代がグローバルに広がったという印象を受けた。真っ先にロシアの国内格差を調べたのもそれが理由だ。だがそういった「各国の永年サイクルがどうなっているか」もさることながら、より重要なのが米国の永年サイクルであることはやはり否定できない。経済面でも軍事面でも圧倒的だった米国が不和に陥ったからこそ、それまで米国を恐れて大人しくしていた連中がイキり始めたと考えるのが、このタイミングを説明するうえでは最も分かりやすいと思う。
 米国における永年サイクルについてはこれまでも何度も書いているが、足元だとつい最近に邦訳が出た「新しい封建制がやってくる」という書籍でも、そうした観点と通じるところのある指摘がなされているようだ。簡単な内容はこちらの書評にあるのだが、要は格差拡大の中でミドルクラスが没落し、テックジャイアントとお目覚め系的な価値観を振りかざすバラモン左翼がフランスのアンシャンレジームにおける第1及び第2身分のような存在になる、という主張をしているらしい。どうやらここで言う「封建制」とは歴史学上の用語ではなく、市民革命以前の身分制社会を指しているようだ。
 ミドルクラスの没落が社会政治的不安定性をもたらすという話はこちらで指摘済みだし、現代のメリトクラシーがいつかアリストクラシーになるのではという話も既にしている。こうした新たな封建制が市民生活に「不利益と制約を要求することになる」との主張は、こちらで述べた、社会の構成員から搾り取る度合いを高める「世界のブラック企業化」が進むのではという話とも相通じる面がある。
 もちろんこの書評を読む限り、この本におけるテックジャイアントとバラモン左翼に対する見方はいささか極端すぎるように思えるし、実際に英語のレビューの中には内容について右寄りのバイアスに囚われていると指摘する向きもある。書評者はこの本について「ディストピアの実相を描くこと」がディストピア到来阻止の有効な手段であると持ち上げているが、そうではなく単なる部族主義の産物かもしれない。
 実際、ウクライナ戦争を機会に雑なプロパガンダが増えている印象があるが、そもそもは2020年の米大統領選で陰謀論に振り回された者たちが暴れまわったのを見て、雑なプロパガンダでも効果があることが満天下に明らかになったことこそが背景にあるとも考えられる。加えて一致団結していればそうそう勝てそうにない米国がバラバラになっている今の局面こそ追い風だと考える不満分子が増え、それが世界的な不安定性につながっているとも考えられるだろう。要は世界中が米国に振り回されているのである。
 そして米国の事態はすぐに落ち着きを取り戻すとは思えない。TurchinがリツイートしていたAIとホワイトカラーの仕事に関するFTの調査では、フリーランスの仕事や報酬が生成AIの登場後にいずれも低下していることが分かったそうだ。もちろんAIと競争するのではなくAIを活用すれば、特にスキルで劣る労働者ほど成果が上がりやすくなるとの結果も出ており、使い方によっては仕事を奪われずに済むはず。だが一歩間違えればさらに格差を広げる要因にもなりかねない。
 残念ながらScheidelも述べている通り、平和な状態が続けば格差は広まるのだろう。そもそも経済活動とはそういうものだとも考えられるし、その意味では一握りのトップ以外はミドルクラスをはじめとして全員落ちぶれていくのは歴史の必然かもしれない。さらにそうした経済のルールが身に沁みついてしまうと日本の男性失業率と自殺率の高い相関みたいなのにつながるのだろう。それらも含め、当面このグローバルな不安定性は続くと覚悟した方がよさそうだ。少なくとも今イキっている連中が下の世代からダサいと思われる時が来るまでは。

 戦場ではヘルソン州におけるドニプロ左岸の橋頭堡についてウクライナが公式に言及し、橋頭堡の拡大を図っていると述べたことを、ISWが17日の報告で触れていた。対抗してロシア側はザポリージャ方面での経験を適用しながら多重の防衛線を敷いて抵抗しているらしい。つまりこちらもそんなに簡単に戦線は動かないと考えた方がいいのだろう。一方でウクライナ側はこの方面でロシア兵1216人が戦死し、2217人が負傷したと主張。つまり1個旅団ほどに相当する損害を与えたとしている。戦線は動かないがロシア側の損害が積み上がっているとすれば、ここもまた他の戦線と似たような展開になっているのかもしれない。
 ロシア側の損害が大きな理由には、ストームZのような「歩兵の集団襲撃」を繰り返している面があると考えられる。11日の報告ではこの戦術に関しロシアの軍事ブロガーたちが行っている議論が紹介されている。彼らの中にはこうした慣行は膠着した戦線の突破にはつながらないという批判の声もあるそうで、こうした「歩兵ルネサンス」は装備品の損失と兵力、特に特殊部隊であるスペツナズの消耗をもたらしているようだ。ザルジニーの指摘した膠着状態の突破策として、ロシアが万歳(Ура)突撃に頼っているのは確かなようだ。
 一方でロシアはウクライナにおける軍の組織改革も進めているという。ただ建前としての組織改革と戦場の実態は必ずしも一致しているわけではなく、特に前線に展開している部隊の多くは定数を下回った質の低い兵で構成されているそうだ。だからと言って油断していいわけでもないだろうが、少なくとも機械化部隊を使った機動戦を効果的に実施できる状態にはない、とISWは見ている。実際、アウディーイウカでの攻撃に際して装甲車両に多大な損害を出した結果、ロシアは小部隊の攻撃とУра突撃に戻ることになったというのがISWの指摘で、学習能力がないのかウクライナ以外ではこうした戦術的問題が再発しないと確信しているかのどちらかだそうだ。
 国力の差にモノを言わせて押しつぶそうとする作戦を1年半以上にわたって続けている結果、ロシアでは戦争遂行にいろいろと障害が発生していることはこれまでも述べた通り。例えばこれまでのロシア砲兵の損失についてまとめたこちらのツイートを見ると、失った大砲は1000門を超え、特に自走砲は500門以上が破壊されたようだ。砲弾不足については北朝鮮製の弾薬を実際にウクライナで使い始めたようだが、泥縄の対応からは泥縄な結果しか生まれないのが一般的だ。
 泥縄感のある話としては、ISWが13日の報告で言及していたヘルソン左岸でのロシア軍の再集結に関する報道もしかり。国防省がいったん表に出した情報をすぐ引っ込めたという事例のようで、どうやら情報空間のコントロール策において手違いが発生したようだ。16日の報告ではガスプロムがロシアのブロガー代理店を取得したという話も載っており、ロシアがエネルギー売却で得た資金を情報コントロールに使おうとしている様子が窺えるが、手際はよくないのかもしれない。
 一方、ウクライナの攻撃が膠着している状況にも変化はない。12日の報告ではウクライナが改めて兵站や前線後方にある目立った資産への攻撃を強めているとの見方が示されている。またクリミアに対する攻撃が効果を上げたのか、ゼレンスキーは黒海の主導権をロシアから奪ったと発言ウクライナからの穀物輸出に回復の兆しが見えているとの報道も出ている。
 そして忘れてはならないのは、ウクライナでもロシアと同じように強制的な軍への動員が行われているという話がある点だ。これまで徴兵を逃れるべく逃げ出した者が2万人近くいる一方、2万人超が当局に捕らえられたという。このあたりは旧ソ連諸国に共通する人権軽視姿勢ともいえ、最近のイスラエルとパレスチナで起きている事象とある意味で相通じるところがある。また前線が動かないことを理由にウクライナが指揮官の解任準備を進めているとの話も出てきている。
 なお米陸軍によるウクライナの教訓なるものもまとめられていた。砲兵部隊の精密攻撃が極めて重要であること、大きく重くなりすぎた戦車に対する疑問が浮かんできていること、小型で目立たない指揮所の必要性、リモートでの維持整備支援の拡大、ドローンへの対処といったところが注目されているようだ。
 ともあれ先の見えない状況に置かれている現在、どっこい大喜利は生きている。死んでなお大人気なおっさん中国軍事パレード米空軍の「名誉の剣」などなど。偉いさんが大真面目な顔でバカなことをやるのはいつの時代も大衆の娯楽になる。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント