クリミアの落日

 ウクライナ戦争ではここにきてウクライナ軍によるクリミアに対する集中攻撃が目立っている。黒海艦隊司令部への攻撃ではウクライナ側がロシア上層部数十人を死傷させたと発表。噂レベルだと司令官が戦死したとか、複数の将軍が重傷を負ったという話が出てきている(疑問視する声もある)が、その手の話の真偽はともかく司令部の建物が巡航ミサイルに攻撃されたのはおそらく事実。ISWも22日の報告でこの話に触れ、ロシア軍事ブロガーの批判を紹介している。
 ウクライナの政権転覆に失敗した時点で、ロシアの戦争目的はクリミアの保持が表に出てきている印象だった。ドニプロの水路確保や陸橋による補給路確保も、要はクリミアを確保し続けるための手段と言えなくもない。ところがドニプロでは自らダムを破壊して水路を遮断してしまい、さらにクリミア自体、軍事的拠点としての価値が失われてしまうと、この戦争の目的自体が失われかねない状態だ。資産を守るために流血してでもスロヴィキン線を守ることには説明がつくが、不良債権と化しつつあるクリミアのために流血する意味はあるのだろうか。
 加えてクリミアを守れなくなっているのを受け、ロシア防空兵器まで過大評価されている説が出ている。ウクライナのECM戦の能力がロシアを上回っているためとの話もあり、実際にクリミア以外でもそうした噂が出てきている。一方ロシア側の陸軍と空軍は連携が取れていないとの話もあり、彼らが行っている攻勢もうまく行っていないもよう。もちろんウクライナの反撃が大成功しているとまでは言えないが、「ドローンを使った第一次大戦」により適応しているのはウクライナ側に見える。
 もう一つ、ロシア側の懸念点としてクローズアップされているのが砲兵に関連する問題だ。ISWは20日の報告でロシア軍が「砲撃しても爆発しない砲弾」の支援下で攻撃を強いられているらしいと指摘(北朝鮮製の砲弾が来ているのではと皮肉られていた)。おまけに砲兵がやたら前線の近いところまで出てくるようになっているそうで、ウクライナに対する対砲兵攻撃もろくにできなくなっているらしい。逆にウクライナ側が電子戦と合わせて精密砲撃でも優位に立っているとISWの19日の報告は述べている。
 問題視されているのは砲弾だけでなく砲身もしかり。大量の砲撃を続けたせいで交換バレルが不足しているのではとの声も出ている。既に7月時点でロシアの砲兵について「バックアッププランがない」とする記事が出ていたのだが、そこではロシアの主力が152ミリ榴弾砲と120ミリ迫撃砲であることを指摘。最初の頃は前者を使った激しい砲撃を行っていたが、最近は砲弾が減っていること、イランには同種の大砲がほとんどなく、北朝鮮製の砲弾は2010年に韓国領を砲撃した際に300~400発のうち80発しか命中させられないなど信頼性に欠けるといった点を紹介している。
 そのうえで砲身の話もしているのだが、見境なしに砲撃しまくった結果、ロシアの152ミリ砲身は戦争開始から既に6000本ほどの交換用砲身を必要としている計算だそうだ(こちらのツイートによれば戦車なども含めると必要な砲身はひと月で7000~1万にも達するという)。問題はその製造に必要な軍事目的用の高品質鋼鉄の入手が困難であること。こうした鋼鉄は主に日欧で製造されており、一方ロシアは民事用の低品質な鋼鉄に集中しているし、彼らに材料を提供できそうな中印は自前で使用する分以上の生産能力は乏しいそうだ。結果として同じく数の多い120ミリ迫撃砲の使用が増えるが、こちらは射程が5~10キロと榴弾砲(20キロ超)より短いためにウクライナの対砲兵攻撃に対して脆弱。さらに古い240ミリ迫撃砲も持ち出しているそうだが、砲撃準備や撤収に長い時間を要する兵器のためこちらも対砲兵攻撃のいい的になってしまうらしい。
 やはり戦争を単純な砲兵の決闘と見なすのは間違いなんだろう。少なくとも大砲の数だけ計算すれば結果が分かると考えるのは、複雑な世界を理解する手法としてはあまりに雑。もちろん兵器や弾薬の生産能力を計算に入れればそれで済むというのも誤りであり、産業の基盤を構成する素材にまで視線を向けなければまともな分析はできない。どうしても戦争を「何とかの決闘」として説明したいのなら、むしろ第二次大戦と同様「経済力の決闘」と見た方がいいのかもしれない。

 で、もはやロシアには何もできないと見越したかのようなアゼルバイジャンの対アルツァフ(ナゴルノカラバフ)戦争1日で終結条件は色々伝わっているが、あっさり終わった大きな理由はアルメニアが全くアルツァフを支援しようとしなかったからだろう。アルメニアの群衆は騒ぎ起こしたようだが、結局はアルツァフ側も武装解除に応じたという。
 実際、ロシアは何もできなかったもよう。当初から空気のような存在と言われていたが、アゼルバイジャン軍の攻撃で平和維持軍に(副司令官を含む)戦死者が出てロシア国民が激怒しているにも関わらず、ロシア指導部は何も行わなかったそうだ。一方で西側もこの戦争については腰が引けている恰好で、SNS上では改めて背景説明行われいた
 同時にヤバさを醸し出し始めたのがインド。カナダ国内のシーク教指導者をインドが関与して殺害したとの報道が出てきており、彼らもまた正当なる「ユーラシア中核」の一員であることを余すことなくさらけ出している。以前からそうした指摘はあったが、彼らは西側と決して価値観を共有しておらず、むしろロシアや北朝鮮と同類と考えた方がいいのかもしれない。もちろん引き続き中国ヤバそう。
 そんな中、ポーランドとウクライナの対立が国連総会でも露呈し、一時ポーランドがウクライナへの兵器供与を停止するという話まで出てきた。ただ彼らはそもそも出せる兵器をあらかた出した後で、大きな影響はないとの指摘もあり、さらにポーランド側も後で手のひらを返した。根本原因である穀物問題についても会談をするそうで、いきなりの破談という展開ではなさそうだ。
 もう一つ話題になっていたのが、ISWも22日の報告で言及していた米軍によるウクライナへのATACMS供与。射程距離の長さも話題になっていたが、他にロシアのヘリ、あるいは燃料施設や停泊中の艦艇への攻撃において非常に効果的だとの指摘も出ている。このあたりは今後の戦場の動向を見ながら実際の効果を推し量ることになるんだろうが、クリミアへの攻撃がさらに激化しそうな感じはある。
 それ以外に、ロシアが中朝と連携を取ろうとするほど米国はロシアの情報源を経由して中朝の情報を得やすくなるとの話、あるいは米国とベトナムが最大規模の武器取引交渉をしているという話などが出ていた。実際、ここまでロシアがもたつくと次に米国が本気で対応を考えるべき相手は中国(とついでに北朝鮮)になるのかもしれない。
 後は大喜利。「君だけの非戦争状態」ヒャッハーの時代エリア88状態、プリゴジン正義の行進など、今週はいささかやけくそ感のあるものが目立った。そうそう、タッカー・カールソンがロシアでテレビ番組をやるという話もこのカテゴリーでいいだろう。
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