バフムートとクリミアと

 ウクライナの戦争はザポリージャ州西部、ではなく東部バフムート周辺で大きな動きがあった。バフムート南部で明確にウクライナ側が押し込んでいるようで、ISWの17日の報告ではクリシチウカを奪還したことが報じられている。その前の15日の報告ではクリシチウカ南方のアンドリフカも陥落しており、この方面ではウクライナの優勢が続いているようだ。
 ISWはさらにUkraine’s Operations in Bakhmut Have Kept Russian Reserves Away from the Southという記事もアップ。ウクライナ軍がワグナーの撤収後すぐにこの方面で攻撃を始めたため、ロシアが既に配置していた空挺部隊だけでなく追加の部隊も配置せざるを得なくなったと指摘している。結局ロシアは保有する4個空挺師団のうち2個師団の一部、そして独立空挺4個旅団のうち3個旅団をこの方面に固定することとなり、それだけ南方に再配置する部隊が減っているそうだ。バフムート方面での攻撃は陽動として大いに役立っている、ということだろう。
 もちろん南方(ザポリージャ州西部)でもウクライナは攻撃を続けているもよう。16日の報告ではロシア側の再配置が続けられている一方でウクライナがロボティネの突破口を広げていることが伝えられた。南部に増援として投入されたロシアの第76師団には大きな損害が出ているそうで、ウクライナ軍が引き続きロシア側の損失を増やす攻撃を続けているらしい様子が分かる。中には大勢のロシア兵が戦死した「死の道」なるものも出てきているらしい。
 しかし先週目立っていたのは、前線よりもクリミア半島での出来事だろう。セヴァストポリの乾ドックに対するウクライナ側の攻撃で、ロシアの潜水艦と揚陸艦が被害を受けたことが報じられた。英国防省によれば複数のミサイル攻撃がなされたそうで、揚陸艦は機能不全、潜水艦も修復するなら何年もかかる可能性が高いそうだ。また爆発を受けてパニックで警察とロシア軍の戦闘が発生したとの情報もあり、クリミア半島にどんどん戦火が及んでいるように見える。
 ISWの13日の報告では他にもクリミアで港湾インフラが破壊されたと書かれており、14日の報告にはクリミアのエフパトリアにあるロシアの防空システムが攻撃された件について「ロシアの防空システムに組織的な戦術的失敗がある」ことを示唆しているのではとの見方も示している。加えて2022年どころか2014年から占領していた黒海の掘削プラットフォームをウクライナに奪われ、また民間船が黒海にあるウクライナの港湾に到着したこともISWが16日に報じており、つまりロシアが黒海の制海権や制空権を確保できていない可能性も浮かんできている。
 もう一つ話題になっていたのは、もちろんプーチンと金正恩との会談だ。ISWの17日の報告で韓国大統領が批判している通り、国連の制裁対象となっている北朝鮮を相手に常任理事国が合意を破って軍事協力に踏み切っているわけで、正直ロシアがかなりやけくそになっている様子が窺える。以前からロシアが大きな北朝鮮と化すとの見通しは語られていたが、少なくとも本家本元相手に媚びを売るところまで落ちぶれたのは事実なんだろう。
 この会談では北朝鮮が武器の支援を、ロシアが北朝鮮に対する宇宙技術や食料の援助を行うことで合意したそうだが、軍事アナリストによれば武器支援は戦況を変えることはなく「消尽しつつある装備品の補給につながるだけ」だとか。極東から戦場まで運ぶための兵站上の負担も大きそうだし、無事に届いたとして既に北朝鮮の砲弾を使っているウクライナによると「たまに変なところに飛ぶ」らしい。
 一方でロシアも砲弾の補給を何とかしようとはしており、西側当初予想の倍とされる年間200万発の砲弾を生産しているこちらで計算に使用した年100万発の計算は西側当初予想と一致していたわけだが、それでは全然足りなかったのだろう。問題は年200万発でもやはり全然足りないように見える点。さらに最近は砲兵の損害がかなり増えているし、戦車についてはついにT-55の現役復帰という話までSNS上でささやかれるようになっている。おかげでプーチンが分かりやすい反ユダヤ主義的発言をしたことに絡め、それだけ八方塞がりだとする指摘も出ている
 経済面では相変わらず外貨獲得のために天然ガスの5割引き販売を強いられているそうで、さらには中国に運ぶため「補強されていないタンカー2隻に北極海航路を経由して」輸送させようとしているらしい。しかも輸出優先の結果として国内では燃料不足が生じており、産油国にもかかわらず国内の燃料価格が大きく上昇している。もちろんそこまでしても経常黒字は減少しており、要するに引き続き好転の様子はない。
 経済の悪化は国家を人体にたとえるなら末端から次第に壊死していくような影響をもたらしているようだ。どうやらロシア極東部は「空っぽ」になりつつあるそうで、2022年だけで沿海州からは全住民の4%が流出したという。こうした地域からは戦場に送られて戦死した者も多いようだが、その中身を見ると少数民族だけでなく「貧しい地域の出身者が稼げる仕事を選んだ結果兵隊として戦争に行ってる」のだとか。故人に召集令状が届いたりするほど適当な露の動員システム下で、少数民族を区別して徴兵するなどと器用なことができるわけがないとの見解もある。
 あとロシアにおいては戦死の概念が「人格のない死」「個人の死は全て国家が管理する」というものだとの話もある。うっかり第二次大戦で勝ってしまったため、いまだ20世紀前半の総力戦時代の価値観が残っているのかもしれない。だが1万人の戦死者しか出さなかったアフガンの後にも「ロシア社会に甚大な影響」があったと考えるなら、この戦争はロシアにとって長期的には末端だけでなく全身を腐らせる原因になるかもしれない。
 もちろんウクライナにとっても事態は明るいばかりではない。10日には、泥の季節を考えるならウクライナの攻勢に残された時間は30~45日という報道もあったように、戦争がさらに長期化する可能性は高い。ISWの12日の報告はまだ2度目の予備役動員についてクレムリンは合意していないと伝えているが、一方で前線の損害が積み上がるようなら背に腹は代えられないと判断する可能性もある。もちろんそれはロシアの国内政情不安を一段と高めるものだが、もし動員に成功してその兵が前線に送られれば、戦争はさらに長引くことも考えられる。

 目をその他の地域に向けても不穏な話が目立つ。例えばアゼルバイジャンとアルメニアの情勢緊迫化。国境に軍を集めたアゼルバイジャンはAをひっくり返した文字をまるでロシアのZのように使い、戦争に向けたプロパガンダを加速。ナゴルノカラバフにいるロシアの平和維持部隊は一時全面警戒態勢に入った。アルメニアにとっては過去のツケが回ってきたようで、ロシアの反発を浴びつつ米国と軍事訓練をするなど、脱ロシアを図って別の安全保障政策を追い求めている。そうした取り組みが功を奏しているのか、足元では和平合意への動きも出ているそうだ。
 ウクライナの廃墟で自国のオペラ歌手が歌ったことで批判を浴びた中国だが、外相に続いて国防相が一時期所在不明となり、職務を解かれたとの報道が出てきた。台湾攻撃に反対したために粛清されたのではないかといった憶測も登場し、林彪事件を思い出す人も出てくるなど、流言が広まっている状態。所在不明になった者は他にもおり、特にロケット軍に逮捕者や死亡者などが次々と出ているとの話がある。もちろん政治闘争が激化しているという可能性以外に、単に現状が「ロケット軍の膿を出すフェーズに入りマズイことやってた人達がガンガン処分されている」かもしれず、いずれにせよ中国情勢は複雑怪奇、に見える。
 そして引き続き中国経済の先行きへの懸念も強い。こちらの記事では、中国が日本化したくないのならバブルを崩壊させず負債の増大を政府が支え続ける方法もあるのだが、そうすると「働きが悪い社員」に高給を払い続けるようなもので、結果として格差の拡大と中所得国の罠が待っている、と指摘している。中国は過去に円借款の返済を欠かさなかったという実績を持っており、実は借金踏み倒しを繰り返している南米諸国よりは信用できる取引相手かもしれないのだが、現状が悩ましいのは間違いない。
 ウクライナに近い東欧では、相変わらずロシアのUAVの残骸がルーマニア領土内で発見されているようで、戦争のエスカレートが起きるリスクがそれだけ増えてしまっている。一方でポーランドとウクライナは穀物輸出を巡って外交面で激しく対立しているとの報道もあり、一枚岩とも言い切れない。またスロバキアではウクライナへの支援継続に反対する政党が選挙で優位にあるという。米国では共和党が大統領弾劾の手続きを始めるとの話があり、要するに引き続き不和の時代モードが継続している。
 その中で着々と戦争の準備は進んでいる。日本では内閣改造を受け、新外相が日韓友好活動を行ってきた人物である点について「めちゃくちゃメッセージ性が強い」と言われているほか、防衛相についても台湾とのパイプが話題になっている。砲弾については米も増産を進めており、長期的に持続可能な砲弾供給も見えつつあるようだ。中国が輸入を止めた日本産ホタテについて米大使館が独自支援に乗り出したという話もあり、銃後の支援も進んでいる、のかもしれない。
 最後は大喜利。今回は潜水艦ネタ目立つ。あとはハゲヒゲ関連など。早く戦争とあんま関係ない大喜利だけになる時代が来てほしい。
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