強みと弱み

 ウクライナ戦争だが、軍事アナリスが書いたPerseverance and Adaptation: Ukraine’s Counteroffensive at Three Monthsという文章が注目を集めていた。日本語ではこちらの記事が要点を紹介しているが、重要なところはほぼカバーされているのでこちらを読むだけでも十分かもしれない。
 以前も指摘したが、記事中ではウクライナの反攻に対する西側の過大な期待や見当違いのアドバイスがあったのではと指摘している。実のところ反攻開始直後は(おそらく西側のアドバイスに従い)ロシアの前線陣地を迅速に突破するための集中的な攻撃が行われたそうで、これがうまくいかなかった結果としてウクライナは昔ながらの戦い方に戻したという。すなわち中隊または中隊戦術グループを中心とした小規模な部隊を主役とした攻撃で、どうやら旅団レベルの部隊をまとめて攻撃を行うにはウクライナ軍の経験と指揮官の訓練が不足していたそうだ。ただしこれまでの戦争を通じウクライナ軍は小部隊での戦術に砲撃を組み合わせた戦いには長けているという。
 その中で一部の旅団は少しずつ実績を上げるようになっており、ウクライナはより大規模な部隊を使った攻撃を行う能力を身に着けつつある。とはいえ防御陣地にいるロシア軍相手に慣れない方法で無理押しするのは拙いと判断するのは不思議ではない。おまけにウクライナ軍が戦場に適応しているのと同様、最近はHIMARSに対するロシア側の適応も進んでいるそうで、彼らは兵站の分散などを進めてウクライナの砲撃をできるだけ無効化しようとしている。
 具体的には前線近くに置いた大規模な弾薬庫に頼るのをもうやめたという。それらはまずクリミアやロシアの鉄道駅に置かれ、それをトラックで拾ってウクライナに展開している部隊へと輸送している。中継地点は定期的に変更され、ミサイル攻撃を受けても昨年ほどの混乱はない。さすがにクリミアの物流は引き続き脆弱だと書いているが、単に兵站線を砲撃すれば補給を切ることができるというほど単純な話ではないようだ。
 一方、ロシア側がうまく適応できていないと思われる部分もある。スロヴィキンが指揮を執っていた昨年のヘルソンでの戦いではロシア軍は巧妙にドニプロ右岸から撤収し、一方で第2線には十分な人員が配置されていた。ところが今回の戦争では、せっかくスロヴィキンが3重の防衛線を敷いたにもかかわらず、指揮を執っているゲラシモフは「一貫して軍事的判断力に乏しく、ロシア軍に何ができて何ができないのかについての理解が浅い」。失敗に終わったロシアの冬季攻勢がそうだったし、今回も塹壕にいかに兵を配置するかが大切なのに現状ではそれを活用するのではなくその前に出て防御の薄いところで戦っている。結果、一部の部隊は敗北したり陣地を放棄しているが、戦線が不安定になってウクライナの大規模な前進を許すほど深刻ではないそうだ。
 バフムートでの戦闘についても触れている。損害の割合はウクライナ1に対してロシアが3~4ほどだが、ウクライナ軍の優先軸がザポリージャ州西部であることを踏まえるなら戦争に慣れた部隊がバフムートに展開しているのは驚くべきこと、だそうだ。こうした兵力配分を巡る疑問はこれまでも存在していたし、これからも議論が続くのだろう。
 そして重要なのが西側からの支援である点は変わっていない。そもそも西側は軍事力の再構築やウクライナに優位をもたらすための支援が効果を発揮するまでにかかるリードタイムをきちんと評価していなかった、というのが筆者らの主張。加えてウクライナ軍の戦い方への理解も欠如しているし、それを可能とするために現地に人を配置する取り組みも不十分だとか。これまでの支援はウクライナの敗北回避には十分だがロシアに敗北を強いるには不十分、というのがこの文章の結論だった。

 アナリストの分析以外に、もう一つ興味深いのがドローン関連の話。戦争当初はともかく今ではロシア軍の対UAV電子戦カバーがかなり効いていることもあり、その中で民生用のドローンをうまく使うにはコストをかけて電子線防護機能を高めるよりも「たくさん買ってたくさん飛ばせ」が正しい使い方だそうだ。イラクで戦った米元軍人も「ドローンは消耗品でなければならない」と言っている。
 アゼルバイジャンとアルメニアの戦争ではバイラクタルが注目されたが、この安価なUAVですら民生用のドローン100~500機もの値段がするそうで、それが果たして費用対効果として適切なのかどうかという疑問は出てくる。むしろ安く大量に作る方が有意義かもしれず、そのせいか最近は段ボール製無人機を取り上げた報道もあった。こうした戦訓を反映したのか、米軍は中国に対抗するため「2年以内に数千機のUAVを実戦配備する」という。要するに高機能なガンダムを1機作るより安価なボールを大量生産しろ、という話だろう。やはり戦いは数だよ兄貴。
 そして数の問題は国力で圧倒的なはずのロシア側にいろいろと悪影響を及ぼしている。特に問題となっているのが精密誘導弾の不足だそうで、ISWは6日の報告でロシア側がその補給に苦慮していると記している。他にロシアの軍事ブロガーは射程の長い西側兵器によってロシア軍の砲兵の損害が増えていると記している。また自走砲が前線まで出てきて直接射撃を行っているが、これも「交換用砲身が無いため」だそうだ。
 にもかかわらずロシア側は損害を抑えようと努力しているようには見えず、攻勢に出ているウクライナよりもハイペースで損害が増えているもよう。兵力が足りなくなったためベラルーシに展開していたロシア軍が撤収を強いられたとの報道もあった。戦力が足りないために横への再配置を強いられているという話は前に述べたが、ISWの5日の報告によればその再配置が妨害されることもあるそうで、せっかくの国力差を生かし切れていないように見える。逆に損害を避けるため前進を遅くしたウクライナの選択は、これまでのところ有効だったように見える。
 そもそも横への再配置は、ISWの8日の報告によると各地に配属されていた様々な部隊から一部を引き抜いて脅かされる地点に送り込むという方法であり、これをやりすぎると親編成がバラバラに解体され指揮統制が一段と難しくなる。1815年のリニーの戦いでプロイセン軍がやらかした失敗そのままで、まさかナポレオン戦争当時と同じ事象が今の時代に見られるとは思わなかった。
 そして引き続きロシアの内情も厳しそうに見える。各地でガソリン不足が生じ農作物の収穫にすら支障が出ているのだとか。またインフレも進んでいる。一方でEUがロシア産の石油などへの依存度を下げたこともあり、外貨の取得は一段と難しくなりそう。そんな中、ロシアの地方政府は戦争用のリソース動員にますます力を入れているそうで、ロシア人は自らが選んだ指導者の下で一段と収奪されるようになりそうだ。

 そしてウクライナ以外で足元再びきな臭くなっているのがアゼルバイジャンとアルメニアだ。前者は最近アルメニアとの国境地帯に部隊を集めており、これに対抗するようにアルメニア軍も国境地域に移動中アゼルバイジャンはかなり物騒なことを言い出しているそうで、ロシアがもう頼れないと判断したのか、アルメニアのパシニャンは西側首脳と次々電話会談している。そもそも少し前からアルメニアが米との軍事演習を行うとの話が伝わっており、ロシアを当てにしても意味がない状況に追い込まれているのかもしれない。
 中国がらみでは不動産市況の悪化が続いているのだとか。ここまで中国は経済力を生かしてグローバルに味方を増やそうとしてきたが、そのテコが効かなくなっているのか、最近ではイタリア外相が一帯一路について「期待外れ」と公言するようになっている。またプーチンと習近平がG20に欠席したことにはインド首相が失望感を示しており、ロシアのみならず中国も外交的に自ら孤立への道を進んでいるように見える。
 一方、日本国内では戦争の可能性を睨んで自衛隊に関する言説がいろいろと出てきている。例えばロシア軍士官の相次ぐ戦死から「自衛隊に戦い方の変化を迫る問題」という話が出てきている。おそらく他山の石ということだろう。また防衛省の概算要求に関する記事では、弾薬、燃料、装備品の可動数が十分でないとの話が改めて紹介され、継戦能力をどう強化するかが問われていることがうかがえる。ここでも問題になっているのは質より量だ。
 そして米国だが、こちらで話題になっているのは軍事よりも政治。バイデンやトランプが異様に高齢なのはよく知られているが、80歳を超えている共和党のマコネルもまた会見中にフリーズしたそうで、政治の高齢者リスクとでもいうべき事態が生じている。米政治家の高齢化はおそらくさらに進む見通しで、リスクもそれだけ高まるだろう。また退役軍人が過激主義に加わる理由についてのツイートもあり、政治的分断が過激化するリスクも引き続き存在する。
 後は大喜利。こういったネタ以外のネット利用は控えた方が、精神衛生上望ましいのは間違いない。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント