荷役用の動物 下

 これまで内容を紹介してきたBeasts of Burden, Trade, and Hierarchy: The Long Shadow of Domesticationについて、今回は疑問点と感想だ。この論文で最も気になったのは、荷役用動物のもたらした効果を調べるうえで古代における「長距離」の、さらに「陸上」を通る交易路を調べた点にある。
 対象となっているのが古代末期の交易路である点から、長距離ルートでやり取りされていたのはおそらく高額でかさばらないものが中心だっただろう。例えば論文中で紹介されているエジプトとヌビアをつなぐ道では、油や一部の穀物、香料、没薬などがヌビアから、陶器、アラバスター、軟膏、はちみつ、そしておそらくは銅がエジプトから運ばれた。必ずしも日用品や消耗品ばかりとはいえないものが輸送対象となっていたわけで、こうした交易品の需要は一部の限られた層に集中していたと見られる。
 もちろん少量であっても金額は大きかっただろうから重要だ、という理屈はあるだろう。しかし本当にそうだろうか。古代においてはもっと安価だがかさばるものの方が、トータルで見ると経済活動で大きなウエートを占めていた可能性があるのではなかろうか。全人口に占める割合がごく少ない王侯貴族向けの商品をどう運ぶかよりも、大多数を占める大衆向けに物資を供給する機能の方が、同じ輸送という切り口で考える場合も重要性がより高い、という考え方だってあるだろう。
 その場合、重要なのは長距離よりもごく短距離の移動の方だ。それこそ古代都市からせいぜい1日行程くらいの農村から、都市住民のための食糧なり日用品なりをコンスタントに送り込み続けるうえでこれらの駄獣がどのように使われたのか、あるいは使われなかったのか。長距離移動だけでなく、そういうもっと平凡な荷役用動物の使用法についても分析対象に入れたうえで、長距離交易路と比べてどちらの影響が大きかったのかを調べる必要があるんじゃなかろうか。残念ながら陸路の輸送という観点で調べているのは長距離交易路だけ。古代都市については単なる都市の有無ではなく人口推計値まで含めて分析すれば近隣地域からの輸送という切り口での分析もできそうだが、そうした取り組みはこの研究では行われていない。
 もう一つはもちろん、物流という点では陸路より重要かもしれない水路の分析が不十分に見える点だ。一応、交易路と都市について海からの距離と主要河川からの距離に関しても追加的にデータを集めて調査はしており、うち海からの距離は交易路の場合は相関も有意性も乏しく(Table 1)、都市だと大陸単位の母数効果は有意だが現代の国家単位だとそうしたものはなくなる(Table 2)。主要河川からの距離については交易路も都市も有意でなくなってしまい(Table D12)、つまり陸上の交易路がもたらすインパクトに比べて影響は限定的、に見える。
 とはいえこれらの分析は水路での交易路そのものを調べたものではなく、陸路に関して行われた分析に比べると不十分にも見える。もちろん主な分析対象が陸上で暮らす駄獣だから陸路が中心になるのは当然ではあるのだが、輸送とか交易という切り口で論じるのであれば、もっと具体的に古代の水上の交易路を確定し、それが例えば都市の形成に及ぼす影響などを調べてみても面白かった気もする。まあ流石にこの論文のテーマからは離れすぎるので、別の論文でやった方がいいかもしれないけれど。
 10種類の駄獣について単に存在するか否かだけで分けて考えている点もちょっと残念だ。実際には動物種によって運べる量に違いがあるだろうし、また速度の差もあると思われる。一方で駄獣を育てるコストの問題もあり、そういった違いが輸送や社会の階層化にそれぞれプラスとマイナスでどのくらいの影響を及ぼしたのかも気になる。実際は気にしなくて済む程度の違いだったかもしれないが、それも含めてやはりデータ化し分析しておくとさらに面白かっただろう。
 また荷役用動物という位置づけで輸送という観点にのみ注目して分析しているが、実際にはウシやウマなどにはもっと別の機能が求められていた点も見逃せない。特に気になるのは農耕に使われる役畜としての役割であり、それが複雑な社会を作り上げるうえで貢献した可能性はないのだろうか。さらに駄獣、つまり荷物を載せて運ぶ機能だけでなく、輓獣、つまり荷車などを引く動物としての役割を考慮しなくていいのかも気になる。荷車の使用が時間的にどう広がっていったかをデータに入れ、そちらも比較対象として分析するといった方法があったかもしれない。
 時系列での分析がなく、非常にスタティックな分析となっている印象も強い。一応、完新世の開始時と現在の駄獣の分布を比較したり、あるいは都市については3つの時期について調べていたりはするが、時間帯とともに駄獣の使用が広まっていった結果が輸送や社会の階層化にどう影響したかを調べることも考えられただろう。そういった点も含め、今後の検討課題について論文中でほぼ触れられていないのも気になる。論文を仕上げた後の筆者の問題意識がどのあたりにあるかが分かればそれはそれで興味深いのだが、残念ながらこの論文にはそういう記述がない。

 とまあ気になる点はいくつも上げたが、面白い分析なのは間違いない。家畜全体(ダイアモンド)ウマのみ(Turchin)といった切り口で人間社会に与えた影響を分析した研究は色々と見てきたが、荷物を運ぶという機能に注目した点には何より感心した。言われてみれば家畜といっても果たす機能は様々だし、少なくとも馬匹がもたらしたインパクトのみを重視するより、輸送という観点で他の家畜にも目を向けた点は評価すべきだろう。
 実際に駄獣を取り上げる段階で、その対象がウシ科、ラクダ科、ウマ科に絞られた点も、言われてみればその通りだ。この3種の動物がどのような環境に適応し、どのように生息域を広げてきたのかまでは分からないが、それらがユーラシアと北アフリカという限られた地域に集中的に存在していたのは確かだし、改めてダイアモンドの唱えた家畜の重要性を別の切り口から裏付けた研究という意味でも大きい。
 人間の経済活動を見る場合、どうしても主な関心対象は生産活動に集中しがちだが、物流もまた無視できない重要な要素だ。さすがに現代ほど経済が発展した時代においてはサプライチェーンに注目するのも当たり前になっているが、かつてマルクス経済には物流という概念がないという批判があったように、少し前まで物流は割と経済を調べるうえで盲点になりがちな面でもあった。
 この論文ではむしろ物流こそが社会の発展を促したと主張しているわけで、その意味で私自身の思い込みをひっくり返された研究であった。もちろんそれがうまく行っているかどうかはこれからより精緻に調べないといけないのだろう。個人的には物流の観点を忘れてはならないとは思うものの、それが生産そのもの(この論文の分析対象となっている時期であれば農業が中心)、あるいは生産活動以外の側面(Turchinが重視する戦争など)と比べ、どの程度重要だと考えればいいのかを知りたい。
 実際問題、もし物流だけで社会の階層化が進むのであれば、輸送能力の高い駄獣が数多くいたステップの遊牧民の社会が最も高い複雑さを確保したとしてもおかしくない。だが実際にはTurchinがしばしば指摘しているように、極端な階層化が進んだ複雑な社会は定住民の方が多く、遊牧民は時に大帝国を作っても実際にはそれは各部族の連合だったりするケースが多かった。駄獣の影響が大きいとしても、それが中心的な動因として働いていたかどうかは分からない。やはり他の様々な要因も含め、輸送がもたらしたインパクトを数値化できればもっと面白いと思う。
 それでもこういった社会の複雑さを生み出した要因を調べる作業において見落としていた視点を提供してもらったのは間違いない。同時に、やはり旧大陸が社会発展という点ではチートな条件を揃えていた地域であることも改めて確認できた。前にこちらで架空歴史の作り方について触れたが、新大陸に比べて環境的に極めて恵まれていたのはおそらく確かなんだろう。改めて歴史の「法則」に環境が及ぼす影響について考えさせられた。
 あとついでに、こちらで紹介したフィクションが現実にはなかなか成立しがたいことも分かる。この本ではフレイディースが新大陸を訪れた際に家畜もたらし、それを使ってインカがユーラシアに匹敵する技術を持つようになったとしているが、元からリャマという駄獣を持っていたインカにとってはメリットは限定的だったろう。もちろんそこを無理にひっくり返すのがフィクションの面白さであり、リアリティについて突っ込むのは野暮。むしろフィクションを入り口にし、でも現実がそうならなかったのはなぜかと考えるきっかけにする方がいいのかもしれない。
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