うち最も多いのは家畜の祖先種となったウシ科の5種類、つまりユーラシアの広範囲で生息していた
オーロックス、南アジアと東南アジア大陸部にいた
ガウルと
スイギュウ、東南アジアの大陸及び島嶼部にいた
バンテン、そしてチベットやユーラシア中心部にいる
ヤクだ(Figure B1)。次に多いのはラクダ科で、中央アジアにいる
フタコブラクダ、中東から北アフリカにいる
ヒトコブラクダ、南米の
グアナコ。そして最後にウマ科の2種で、
北アフリカのロバと、ユーラシアのステップ地帯及び一部北極海沿岸に生息していた
ウマである(Figure B2)。
さらに前回も述べたが、荷役用ではない家畜4種類の生息地もプロットしている。具体的にはイヌの祖先種である
オオカミ、ヤギの祖先種である
パサン、ヒツジの祖先種と見られる
ムフロン、そしてブタの祖先種である
イノシシだ。こちらの分布はFigure B5で見られるが、駄獣の分布との大きな違いは北米や南米あたりだろう。
以上のグリッド絡みのデータの他に、民族グループの階層については地域コミュニティを超えたレベルの階層など、仕事の分業化は金属、皮革、陶磁器、ボート、大工、採集、狩猟、漁労、牧畜、農耕といった多様な仕事がどのくらいあったかを調べている。牧畜への依存度もデータとして使ったようだ。さらに民族伝承絡みのデータ、カロリー適性、海岸からの距離、農耕に対し牧畜にどのくらい適した土地か、といったものも集めた(ただし一部についてはアメリカのデータはなかったという)。
以上のデータを踏まえてここからはひたすらデータの比較が始まる(Table 1)。まず生データで駄獣と交易路の関係を調べると、平均して駄獣のいる地域はそうでないところより82.8%の近い位置にあったという(1)。大陸単位の母数効果を入れると少し相関が下がる(2)。次に鉱物資源からの距離や、生物多様性(メガファウナの種類数)、農耕に向いた地域かどうかを示すカロリー適性といったものも入れて分析(3)。さらに緯度経度など数多くのデータを入れての相関を算出(4)すると、さらに相関は下がっていく。そして最後に現代の国家単位での母数効果を入れている(5)。ここでは相関が半分に落ちるが、なお1%で有意だ。前回紹介した「平均して交易路への距離が31.5%近づく」というのは、この分析結果に伴う結論だ。続くTable 2でも古代都市を対象にまったく同じ分析をしており、ここでは距離の近さが32.1%高くなっている。
続いて筆者が行っているのは結果の頑健性の調査だ。まずは荷役用の動物以外の家畜も交易路や都市と関連がある可能性だ。Table 3では荷役用ではない4種の動物の分布と交易路や都市との距離の相関を調べているが、4種の動物の方は統計的に有意な数字は出てこなかった。家畜化そのものが交易や都市と関係があるという推測は難しい。
次に筆者が気づいていない地理的、気候的な変数が結果に影響を与えている可能性を潰すため、ウシ科、ラクダ科、ウマ科の全動物の中からランダムに10種を選んで交易路や都市との相関を調べる作業を1000回行った。それぞれのt値の分布を図示したのがFigure 3とFigure 4であり、どちらも大半のケースで実際に家畜化された10種のデータが示したt値よりもずっと大きな数字(つまり有意でないという結果)が出てきている。また環境的に10種の駄獣が住みやすい地域を調べ、うち実際に駄獣がいた地域と環境は合っているが住んでいいなかった地域とに分けて同じく相関を調べた(Table 4)。やはり駄獣がいなかった地域は統計的に有意でなく、つまり駄獣そのものではなく彼らに向いた環境が交易や都市を発達させた可能性はなかったことになる。
他にも多数のチェックを行っているが、その中で言及しておきたいのはTable D2だ。ここでは10種の駄獣のうち1種を除いた場合の相関を調べている。基本的にどれか1種を除いても相関はほとんど変わらず、統計的な有意性もある。逆に言えばどれか特定の駄獣が大きな影響を及ぼしているわけではなく、10種とも似たような影響を交易や階層化に及ぼしているという結論になる。Table D5では完新世初期の分布ではなく、現時点での駄獣の分布と交易路、都市との相関を調べている。後者は有意でないものが多く、つまり駄獣→交易という因果は成立しても、交易路や都市の成立によって駄獣が増えたという反対の因果関係は成立しないと考えられる。そしてTable D15では紀元前500年と紀元450年の都市データを使った相関も出ているが、こちらも同様に統計的に有意だ。
そして民族グループデータとの相関についても調査が行われている。まずはTable 5だが、伝承に含まれる交易のモチーフとの相関はやはり駄獣と統計的に有意な結果が出ている。駄獣のいる地域の民族は他のグループに比べ平均で48.7%分、伝承に占める交易関連のモチーフシェアが高い。同じくTable 6ではヒエラルキーとの相関を調べており、やはり有意な結果になっている。これによると階層の複雑さで0.503レベル分だけ駄獣のいる民族の方が他より高くなっているという。
もちろんこちらのデータについても同様に頑健さを調べている。Table E1では牧畜への依存度と、地理的な牧畜への適性度も含めたデータを調べているが、相関はいずれも駄獣と比べれば低く、特に地理的適性は有意でもなくなっている。Table E3ではグリッド分析と同様、10種の駄獣のうち1種を除いた分析を、またTable E2では特定の大陸を除いたうえでの相関を調べており、どちらも同様に有意な結果が並んでいる。他にもたくさんの分析を行っているが、こちらも後は論文を見てもらいたい。
続いて筆者がやっているのは、その他のデータとの比較だ。まずは数字を扱う能力で、交易をやっている民族ならそうした能力が高いという理屈である。また仕事の分業化、経済格差といった指標も、交易によってもたらされると指摘。
Ethnographic Atlasからそうしたデータを引っ張り出したうえで、こちらも駄獣と比較している(Table 7)。こちらも大半でかなり有意な結果が出ており、例えば数字の計算能力だと20.6%ポイント分、仕事の分業化だと0.540レベル分、最後に格差面でも18.3%ポイント分の違いが生じているという。
最後に結論の部分では以上の話を簡単にまとめたうえで、荷役用の動物の大半は圧倒的にヨーロッパとアジアに集中しており、欧州が世界の他の地域よりもずっと早いペースで発展してきた理由について新たな光を投げかけるものだとしている。要するに駄獣にアクセスしやすい地域ほど人々にとっては発展しやすかったわけで、文化に対して生物地理的な要因がどのように影響を及ぼすかについてまとめたものと言える。
またここまでの説明で抜けている図表として、紀元前500年と紀元450年の都市の位置を記した地図(Figure B3とB4)、グリッド単位の分析で使っている変数(Table C1)と民族グループの分析で使っている変数(C2)といったものもある。グリッドは1万5000を超える数を、民族グループは大半の変数で951種類のグループを使って分析しているのが分かる。あと駄獣については、いる(1)かいない(0)かで分類しており、複数種がいることについてのプラス効果などは見ていないようだ。一方、紀元前500年と紀元450年の都市を見ると、本文の方で使ったデータに比べて数がずっと少なくなっているのが分かる。ただしそれぞれどういう基準で「都市」を選び出しているのかは分からない。
この他に論文中では各所で過去の研究について触れられており、人間社会の発展が何に由来しているかについて様々な考えがあることに触れている。Turchinの唱えた
遊牧民と定住民の接触から大きな帝国が生まれるという見解(鏡の帝国)についての言及もあるし、海上交易の重要性や、アッシリア時代の交易網において中核にあった地域が成長したという説、生物地理的な条件の良しあし、先祖が手に入れたカロリーの高低、
栽培しているのが穀物かイモ類かによる違いなどなど、先行研究が主張している内容もごく簡単ではあるが触れられている。
以上で論文そのものの紹介は終了。続いて内容についての感想や疑問点について触れることにするが、長くなったので以下次回。
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