荷役用の動物 上

 とても面白い論文(ディスカッション・ペーパー)を見たので紹介しておこう。Beasts of Burden, Trade, and Hierarchy: The Long Shadow of Domesticationというヤツで、家畜化された動物の中でも駄獣(荷役用の動物)の存在が複雑な社会を作り上げるうえで大きな影響力を持っていたという主張を各種データに基づいて記した論文だ。ジャレド・ダイアモンドが「銃・病原菌・鉄」の中で現代に至る大陸間格差の原因として家畜化された大型動物の有無について言及しているが、この論文はその主張を新しい切り口で裏付けようとした試みと言える。
 論文では、家畜化がしやすく、なおかつ物資の運搬に向いた動物の有無が、古代の長距離交易路や初期の社会階層と密接に関連し、複雑な社会の成立にとって重要だったと主張している。いや、そういった古代の文明だけでなく、産業革命前の民族グループを見ても駄獣がいた地域の民族ほど交易や複雑な階層社会を作り上げ、数字をより巧みに操り、仕事の分業化や高い所得格差を生み出していたという。以前こちらで騎兵の存在が諸国民の富に影響したという研究内容を紹介したが、今回の論文は騎兵だけでなく駄獣全体こそがそうした効果をもたらしたと見ているわけだ。

 論文のイントロは内容のざっくりとした紹介だ。上に述べた通り、筆者は駄獣の有無こそが現在の地理的格差(例えば隣接する欧州とアフリカの差など)を説明する要因になるとしており、実際に駄獣がいる地域の方がいない地域に比べて古代の交易路に対して31.5%分だけ距離が近く、また社会の階層化を示す指標として使った紀元400年以前に存在した都市への距離についても、駄獣のいる地域の方がそうでないところより32.1%近かったという。この傾向は色々と条件を変えても頑健であり、それだけ初期の交易や階層化に駄獣がもたらした影響は大きい。
 2つ目のテーマはこのパターンがその後も潜在的に続いているかどうかについてのチェックだ。ここでは有名なEthnographic Atlasなどのデータを使い、駄獣が家畜化されてから数千年後にどのような影響が及んだかを調べたという。すると駄獣がいた地域の民間伝承に出てくる交易の評価値はそうでない地域に比べて48.7%も高かった。そのうえで筆者は過去の研究をいくつか紹介し、それらと今回の研究との関係について説明をしたうえで、より具体的な議論に入っている。
 まず指摘しているのは動物の家畜化に関する理論的な背景。ここは論文の主題ではないが、実は結構面白い。まず家畜化の大半は1万年前から5000年前までに行われており、それ以降にほとんど家畜化が行われていない点を指摘。続いてどのように家畜化が進んだかについて3つの経路があると説明している。1つは共生経路で、要は動物の側から食糧などを求めてヒトに接近した結果として家畜化されたものだ。具体的には犬猫、そしてブタがこのカテゴリーに入る。
 2つ目は獲物経路で、ヒトが肉のために狩っていた動物を、狩猟だけでなく飼育もするようになったものだ。生け捕りから飼育を経て繁殖までヒトのコントロール下に置いた結果として家畜となった動物たちで、具体的にはヒツジやヤギ、ウシ(野生種は5種類に及ぶ)、グアナコなどがこれに相当する。3つ目は有向経路とでも訳せばいいのか、要は既に家畜化の経験を持っていたヒトが、望ましいリソースを手に入れる目的で意図的に家畜化を進めた動物で、ここにはウマ、ロバ、ヒトコブラクダとフタコブラクダが含まれる。
 といっても家畜化はヒトの都合だけでは実行できない。家畜化に向いた動物にはいくつか条件があり、ここではダイアモンドが唱えた6つの条件が紹介されている。つまりヒトが供給できる食糧を食べ、成長速度が十分に速く、極端に攻撃的ではなく、飼われた状態でも繁殖でき、群れのリーダーに追随する傾向があり、そしてパニックになりにくい動物だ。近縁種であってもこれらの条件を満たしていない動物は家畜化が困難で、例えばヒツジの近縁であるビッグホーンはリーダーに追随する傾向がなく、シマウマはロバよりも攻撃的であるために、どちらも家畜化されなかった。5000年前以降に家畜化された動物がほとんどいない点も、そもそも家畜化可能な動物が限定的であることを示している。
 次に紹介されているのが古代の交易路。アラビア半島からレヴァントをつなぐ香辛料の道や、ユーラシアを東西に通っているシルクロード、またエジプトからヌビアへ至る道などを紹介し、それぞれヒトコブラクダやフタコブラクダ、ロバなどが家畜化された地域であると指摘している。アメリカではアンデスを南北に貫くインカ道が有名で、ここではグアナコが家畜化されたリャマが駄獣として使用された。一方、メソアメリカや北アメリカ、オーストラリアには駄獣がいないため人間が荷運びをしていたが、運べる量が全然少なかったことも記している。
 実際、駄獣とともに生きていた民族の伝承には、交易に関するモチーフが多いそうだ。例えばカルムイク人の伝承に含まれる交易モチーフは全体の3.2%と、通常の数値(1%前後)よりずっと高い。ロバの故地に住んでいたソマリ人の伝承でも交易の重要度は高いが、一方でそうした動物のいなかったアチョリ人の伝承には交易のモチーフはまったく出てこない。全体として駄獣のいる地域の民族伝承には平均して2.61の交易モチーフが出てくるのに対し、他の民族グループは0.70しかないという。
 続いて筆者が述べているのが社会階層の発展と駄獣との関係だ。まず長距離の交易路を通る隊商は略奪の対象となりがちであり、そのため地域の政治体には彼らを守るための体制づくりが求められた(それをしなければ交易とは別のルートにシフトするため)。逆にそのようにして隊商を守れば彼らからみかじめ料を手に入れることができ、その収入を使ってさらに社会階層を発展させられる。実際アナトリアや古代ギリシャ、中国内陸部など、地域別にそういった研究がなされている。
 2つ目の理屈として紹介されているのは、駄獣の存在によって長距離のコミュニケーションが容易になる点だ。といってもこの要件に当てはまる動物はウマとラクダくらいに思える。3つ目の論拠はまさにTurchinが唱えている戦争が原因という説。騎兵以外でもローマならロバが、インカならリャマが荷を運ぶことで兵站を支えた可能性がある。というわけで交易路の存在が古代都市のような階層的社会を生み出す可能性はあるというのが筆者の考えだ。

 以上を踏まえて次に用意するのはデータ。まず緯度経度それぞれ1度四方(赤道付近でおよそ100キロ四方)のグリッドを作り、それぞれについて駄獣となった動物の野生種が住んでいたかどうかを調べる。さらに古代の交易路、都市についても同様にグリッド上に配置した。具体的にはFigure 1に交易路が、Figure 2に古代都市がプロットされており、さらに駄獣の野生種が何種類住んでいたかについても地図上で色分けされている。
 うち駄獣については詳しく紹介したいので次回に回すが、それ以外のところについて簡単に説明しておこう。まず交易路だが、いくつかの先行論文から古代末期の欧州、アジア、アフリカのルートを、また別の論文からインカ道をグリッド上に配置している。インカ帝国が発展したのは13世紀と旧大陸に比べてずっと遅いが、道自体はインカ帝国より前から存在していたという理屈でこれも含めている。さらにローマ街道もデータ化しているが、こちらは他のデータより解像度が高いため、後の分析ではデータの頑健さを調べるのに使っている。
 古代都市についても何種類かの論文を使っており、ある論文からは紀元前500年と紀元450年のデータを、また別論文からは紀元400年のデータを取り出している。後者の方がこれまた解像度が高いようで、そのため論文本体ではそちらを使い、前者の2種類のデータは補足史料のなかで取り上げている。さらに交易路と古代都市の両方について、駄獣のいるグリッドから道や都市までのグリッド数を数える方法と、道や都市と同じ場所なら1、そうでなければ0という数値を当てはめる2つの方法で距離の近さを計算している。
 あとはグリッドごとのカロリー適性、同じくグリッドごとのメガファウナの種類(生物多様性の代理変数)、家畜化されているが荷役用にはならない動物のいる地域、鉱物資源の位置、海岸からの距離、さらには緯度経度、高度、地形の険しさ、気温、降水量などのデータもまとめている。交易路や都市に影響する原因として様々な可能性を調べ、それらと比べて駄獣の方が統計的に有意であり、なおかつ相関度合いも高いという議論に持っていくためだ。
 というわけで以下次回。
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