反攻佳境?

 ウクライナの今回の反転攻勢はどうやら佳境を迎えつつあるらしい。ISWの26日の報告によると、ウクライナ軍はザポリージャ州の西部で「ロシア軍が準備した一連の防御陣地のうち最も困難なところ」を通って前進しているそうで、この戦線でウクライナ軍はロシアの兵站集団とのみ遭遇するエリアに侵入しているという。ただしその先にはロシア側の第2線があり、おそらく第1線と同じような仕組みで構築されている(退却してくるロシア軍のため地雷原はそこまで分厚くないと思われるが)。
 もう一つ、これらの防衛線はそれ自体あくまで準備された野戦陣地にすぎず、それが意味を持つためには十分な兵力が配置されている必要がある。そのためかどうかはわからないが、ISWによるとロシア軍はクレミンナやヘルソンからザポリージャ州西部への「横方向への再配置」を行っているそうだ。それだけロシア軍の予備が不足していることを意味しているとともに、他の戦線が手薄になることも意味しているため、ロシア軍にとってはハイリスクな対応策ともいえる。
 一方、ロシア側の非正規部隊は戦闘の拒否や戦闘から離脱するという脅迫を国防省に対して行っているらしい。一例がネオナチ部隊「ルシッチ」だそうで、指揮官がフィンランド当局に拘束されたことを受けて「指揮官が解放されるまで戦闘はしない」と表明しているそうだ。また上級指揮官が前線の状況に無関心であることを批判している下級士官や兵士たちを国防省は訴追しているらしい。ロシアの軍事ブロガーたちもこれを批判しているが、こうしたロシア軍の姿勢が現場での不服従増加や指揮系統の混乱につながっている可能性がある。
 ウクライナ軍の動きに合わせて注目を集めているのが、メリトポリ北東にあるトクマク。ここはウクライナ南部を東西につなぐ鉄道が通っている地域だそうで、そのためもあってウクライナ軍は「ロボティネからあと10km進めば安全な位置からロケット砲で補給路への攻撃が可能になる」との指摘もある。ロシアの兵站がかなり鉄道頼りであることは以前から指摘されており、そのためにこのような見解が出てきているのだろう。もちろんそう簡単に行くかどうかはわからないが。
 もう一つ、ザポリージャ方面でウクライナ空軍がロシアの防空網制圧に力を注いでいるという話も出てきている。西側による航空機の供給は始まっているとはいえ、パイロットの訓練などには時間がかかるのこの状況下で、貴重な航空戦力をウクライナが投入しているということは、このタイミングでウクライナ軍が大きな戦果を挙げようとしている可能性をうかがわせる。秋の泥濘の時期が迫りつつあることまで踏まえるなら、それ以前に一定の成果を手に入れたいと考えているのかもしれない。
 主戦場における戦闘の他に、ウクライナの戦力がクリミア西部の海岸を襲撃したという動画が公開された。ISWの24日の報告によると、上陸したのはセヴァストポリ北西116キロの地点で、ロシア軍と小競り合いをした後にウクライナの国旗を掲げたそうだ。正直言ってほとんど嫌がらせのレベルに見えるが、黒海でウクライナ軍が自由に行動できるようになっていることを示しているのだとすればそれなりに重要な攻撃かもしれない。ロシアの軍事ブロガーの中にも防衛の弱点を懸念している向きがいるという。
 一方、ロボティネの戦いについてはこんな話がSNSで出ていた。この戦闘に投入されたウクライナ軍が4万人台だったのに対し、ロシア軍が10万人前後いたという数字を紹介しているものだ。もし事実なら、多数の地雷原に守られた防衛陣地に拠る倍以上の戦力を持つ側が、航空優勢すら持たない少数の敵を相手に突破を許したことになるわけで、いささか信じがたい話ではある。もちろんロシア軍の兵の質が低下しているとの指摘や、以前からISWが書いていたようにウクライナの方が効率的にキルチェーンを回しているとすれば、数の多い防御側が突破を許した可能性はゼロではない。
 それでもロシア軍が10万人前後の兵力をロボティネに投入したという話はさすがに信じがたい。もしそれが事実なら、ではロシア軍はウクライナの全戦線にいったいどのくらいの兵力を展開しているのだろうか。ヘルソンやバフムート、クレミンナなど他の地域でも戦闘は行われているし、一部ではむしろロシアの方が攻勢に出ている。加えてロシア側は兵力不足から側面への再配置を繰り返していると言われている状態で、本当に10万人もの戦力をロボティネ周辺の狭い地域に集めていたなどと考えられるのだろうか。
 こちらでも指摘したが、匿名ソースのデータはそもそも信用するべきではない。というかデータを出したアカウント自身が「紙の上の数字」と言っているくらいであり、つまりこの兵力なるものにおそらく意味はない。いや、ナポレオン戦争の史料などを見ても、個人的には戦争の最中に出てくる数字は実名匿名問わず軒並み疑うくらいでいいんじゃないかと思っている。匿名ソースよりはマスコミデータの方がマシだとは思うが、それも含めてそもそも戦争中は数字を使わない方が安全だ。
 そう考えるとTurchinがblogでやっていたこと(足元で起きている戦争についてランチェスターの法則から損害を推計する)自体、無謀を通り越してほぼ無意味な取り組みだったと個人的には考えている。彼の予測が評価されていたのは、Goldstoneが述べている通り「構造的」なものを対象にした分析だったからで、短期的で表層的な出来事は数式やデータで説明するには向いていない。むしろ彼にはロシアの永年サイクルが今どの局面に来ているのかといった分析をしてほしいのだが、これまでの言動を見る限り無理だろうな。ちなみにTurchinは主に匿名のデータを使って「開戦から32ヶ月ほど後にウクライナが負ける」と予想して以降、blogの更新を1ヶ月以上止めている
 なおプリゴジン暗殺のその後だが、なぜかプーチンは「全体として非常に温かい言葉」を使って死者に弔意を示したという。正直「どの口が」と思っている人が大多数かもしれないが、そんなことを気にした様子もなく「プリゴジンのことは90年代初めから知っていた」と思い出にひたっているもよう。見ていて思い出したのがナポレオンのマルモンに対する発言で、セント=ヘレナの皇帝はマルモンの裏切りを何度も非難しつつも、一方で昔馴染みの彼に対する友情を捨てきれなかった様子がうかがえる。プーチンにとっても30年来の付き合いになるプリゴジンは単なる裏切り者として切り捨てられる相手ではないのかもしれない。
 プリゴジンについては傭兵との「強い絆」をうかがわせる動画もあった。一度争いが始まるとどちらも容易に引けなくなるのは、ここで指摘されている「戦場という強烈な環境での経験」もあるんだろう。一方、感情とは別の理論でしばしば動く経済面では、ロシアの貨物運送業者がディーゼル価格の規制を要請しているらしい。金の論理はある意味で非人間的なのだと思われる。
 あと、前にも書いた通りあまり当てにはならないが、先行きに関する見解もいくつか。1つはこちらのツイートで触れられている元軍人の話で、防御側が長く持ちこたえた後で突然崩壊することがあるという話をしている。もう一つはこちらの記事に出てくるランド研究所の発表で、既存の技術による改善策だけで米国は中国軍に対して優位を保てるとしているらしい。引き続き「その可能性もあるんだろう」くらいの慎重な見方で受け止めるのがいいと思う。

 ロシア以外に目を向けると、米国ではトランプのマグショットが話題になっていた。まあ元大統領の逮捕後に撮影される写真が普通に出回るんだから、米国が異様な状態にあるのは否定できないだろう。あと「トランプ氏、体重ごまかし疑惑」という大喜利みたいなニュースも流れていた。過去の報道やTom Brady、Muhammad Aliとの比較などが書かれているのだが、前者はともかく後者のようなアスリートと比べるのはさすがにいかがなものかと。おそらく、今なら何でもネタになると判断して書かれた記事なんじゃなかろうか。
 むしろ面白かったのは調査報道で知られるベリングキャットの「中の人」に聞いたこちらのインタビュー。この人物はロシアから命を狙われているために米国に逃げ込んでいるそうだが、面白いことに「イーロン・マスクはトランプよりずっと危険」「マスクの困ったところは、あまり賢くないってことだ」と話しているらしい。こちらの報道もそうだが、マスクが信頼できると思っている人間はもうあまり残っていないんじゃなかろうか。
 またロシアの現在の戦略について「プーチンはウクライナ戦争における戦略として、明らかにすべての軍事的帰結を米大統領選まで引き延ばそうとしている。トランプのような人間が勝利して、西側のウクライナへの支援が抑圧されるのを期待しているんだよ」とも話しているらしい。こちらについてはおそらく大方の見通しとあまり変わらないだろう。というかそれ以外にロシアが勝ち筋を見込んでいる戦略はあるんだろうか。
 あとは中国のゼロコロナ後の超過死亡の推計が出ていた。まず中国の大学における職員の訃報の数と葬儀関係の検索数が相関していることを確認し、そこから大学のある北京と黒竜江省の超過死亡を推計し、それを中国全土に敷衍したんだとか。まさに「標識再捕獲法」だが、それによると2ヶ月での超過死亡は187万人になったとか。これ、どこまで妥当な数字なのか、正直判断がつかない。
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