プリゴジンよさらば

 他にもプリゴジン機に搭乗していた客室乗務員が「何か変わった修理が行われている」と話していたとか、撃墜地点の50キロ先に地対空ミサイル部隊がいるとか、ワグナーの関係者から「仇を取れ」といった声が出ているとか、どこを見てもクレムリンの命令で暗殺されたとの解釈でほぼ衆目が一致している状態。まあ大方の予想通りではあったのだが、撃墜でなく「他に方法があるだろうに」という指摘には「ロシアって滅茶苦茶にやることが雑」という説明がなされており、さすがはアボカド経済泥棒国家といった趣だ。やはり彼らは今でも中世を生きているのかもしれない。
 そもそもプリゴジンが死亡する前から彼を巡る状況が中世的である(プーチンへの強訴とかプリゴジンの言動が道化であるなど)ことが指摘される記事が出ていたくらいで、だからこういう反応も当然なんだろう。個人的に「中世」という時代区分はいささか欧州中心主義っぽいのであまり使わない方がいいんじゃないかと最近は思い始めているんだが、でもまあ煽りに使うには便利な言葉だ。もちろんプリゴジン機は「西側機材なんで、普通にメンテ不良で墜落しましたの可能性」もあるわけだから暗殺だと断言してしまうことはできないが、ここまで熱心にプリゴジンの動向を追っていたISWは23日の報告で、プーチンがプリゴジン機の撃墜を命じたのは「ほぼ確実」としている(米大統領もほぼ同意している)。
 ISWは以前、ワグナー関係者を怒らせることを警戒してプーチンはプリゴジンを殺さないのではないかとの見方を示していたが、この見通しは外れた格好。プーチンがプリゴジンとワグナー関係者を切り離そうと動いているらしいことはISWが以前から指摘していたが、それが効果を発揮して「安全にプリゴジンを殺害できる段階に達した」可能性もあるそうだ。さらに別の可能性として、プリゴジンがアフリカでの活動を増やそうとしていることが、反乱時の彼とプーチンの合意に反していたことも考えられるとしている。
 一方、予めプーチンがプリゴジンを殺すことを予定していたという解釈については「その可能性は低い」としている。とはいえスロヴィキンの解任が同じタイミングで起きていることも含め、クレムリンが自分たちの権威に逆らう者への復讐を成し遂げた点は否定していない。反乱を止められなかったことで受けた屈辱に報復したわけで、ちょうど撃墜のタイミングでプーチンがクルスクの戦い80周年の記念コンサートに出ていたのは、かつての「白鳥の湖」を思わせるものだったとも記している。いずれにせよ、ISWが21日の報告で述べた通り、ロシア極右版「エリート内紛争」ではショイグーとゲルァシモフがプリゴジンに勝ったと考えていいんだろう。
 ではこれからどうなるのだろうか。こちらのツイートのように「ロシアの状況は不安定」と言っている例もあるが、ISWはもう少し慎重に見ており、ロシア側は今回の件を機内で起きたテロ行為とみなすか、あるいは防空システムの誤った稼働に原因をなすりつける可能性があるそうだ。また現時点で大半の軍事ブロガーはこの件について沈黙を守っているそうだが、今後数日はプリゴジンに話が集中する可能性があり、その分だけウクライナ戦争に関する情報が出にくくなるかもしれない。クレムリンがそれを狙って戦線が不安定になっているこの時期にプリゴジンを殺害したとの見方すら、ISWは示している。
 実際、足元でウクライナによるザポリージャ州西部での反攻は突破口を広げている最中であり、またクリミアではロシアの地対空ミサイル防空システムに一撃を与えたとも見られている。さらに米政府関係者が、前に紹介したWashington Postの記事(ウクライナの反撃がメリトポリに到達しないという内容)に反発するような発言をしており、ウクライナ軍の反撃について結論を出すのは「不適切」だと述べたようだ。それらを含めて、じわじわとウクライナ優勢に傾いている印象はある。
 ちなみにプリゴジンは西側のネットでもよく知られているし、だから大喜利盛り上がっている「坊主だからさ」「ポストゴジン」、宇宙猫ならぬ宇宙各国首脳大河ドラマ影武者説が正しいなら断末魔忠臣蔵などなど。あと直接の関係はないがロシアが失敗した月面着陸にインドが成功した件アフリカのクーデター関連もネタにされているし、めまぐるしくニュースが出てくる点も話題だ。とりあえずSNS上ではプーチンもプリゴジンも含めて登場人物「全員悪人」と見なされているから誰も遠慮していない
 一方、ひたすらかわいそうなのが巻き込まれた乗務員たち。ISWの指摘する通りプーチンがやったことだとしたら、無関係の自国民を平気で殺す大統領がロシアに君臨していることになる。さすがにロシア国民の中にも眉をひそめる人が出てくるのではなかろうか。そもそもプリゴジン自身、市民から一定の人気を得ているようだし、何のかんの言いながらもプーチンを信じていたプリゴジンが裏切られたとなると、他の部下たちも動揺する可能性はある。不信感が強いのはロシアの伝統っぽいが、それがさらに強化されるのかもしれない。

 というわけで内紛のタネを1つ潰したプーチンだが、強さを誇示し裏切り者を許さない姿勢を誇示する方法は、一方で監視と抑圧の増加によって行政の効率性を低下させ大きな財政的コストがかかるとの指摘もある。こうした経済面での問題は前回にもいくつか紹介したが、それ以外にも面白い指摘がある。「2024年にも行き詰まるロシア財政 停戦へ動くか」という記事がそれで、戦争が始まって1年半になるが、こちらの研究者の分析によると戦争のための「財政支出の維持・拡大に必要な国の貯金に、底が見通せる状況となってきた」そうだ。
 記事ではまずGDPについて説明。マイナス成長となった2022年においては特に輸出のマイナスが大きく、一方で内需は一見して堅調に見える。ただし中身は連邦政府と地方の財政や年金の増額に支えられたものであり、要するに財政支出がロシア経済を支えている状況が浮かび上がる。2023年も同様で1~3月のGDPは政府消費が2桁の大幅増となったにもかかわらずマイナス成長となった。当然ながら連邦財政は2022年に赤字に陥り、2023年には赤字幅の縮小を見込んでいるが実際には「むしろ拡大する可能性が高い」。
 この赤字を穴埋めしているのが「ロシア政府の預金である国民福祉基金」。その中身は流動資産と非流動資産に分かれており、前者が外貨や金で運用されているのに対して後者は国内企業の株式やルーブル建て資産で運用されているため、財政赤字の補填に使うのは難しい。問題は穴埋めに使える流動資産の残高がかなり減っている点にある。例えば2022年には1年間で流動資産の残高が2.3兆ルーブル減ったそうだが、記事中の計算によると2023年末には残高が2.1兆ルーブルまで減少する可能性があるという。つまり、今のペースで赤字を垂れ流す場合、2024年には政府の資金繰りがつかなくなるわけだ。
 政府財政を中心としたロシアの「軍需経済化」については野村総研のコラムも言及している。ロシアでは人手不足とともに潜在成長率の低下も進んでおり、軍事セクターと非軍事セクターとの2極化が進展しているという。かつてソ連で生じた「大砲かバターか」という問題がまたロシアで発生しているとの見解で、コラムは「生活用品の不足は深刻さを増していくだろう」というこれまた旧ソ連時代を思い起こさせるフレーズで締めている。およそ1世代を経て結局元に戻ってしまうあたりはシュールというほかないが、もし政府の基金が本当に底をつくようになったら一体プーチンはどうするつもりなんだろう。
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