予測の中間経過

 米国でトランプがジョージア州の選挙結果を変えようとした件で起訴された。これで捜査を受けた4件の事件すべてで起訴されたことになる。彼が問われているのは「合計91件の罪」であり、米国の歴史上でも異様な事態がもはや常態になってしまっっている。このCNNの解説では不正容疑の内容は非常に不利であり、にもかかわらず共和党ではトランプ神話が崩れていないことを説明。一連の起訴と比べると、過去にあった「現代米国政治のスキャンダルはどれもかすんで見える」とまで述べている。
 FiveThrityEightでは4回目となる今回の起訴が重いものとなるのではないかとの見方が示されている。実際、1回目のポルノ女優に対する口止めの件の時はトランプ支持は上昇したが、2度目の起訴以降はその効果が剥がれ落ちている状態だそうだ。一方、現時点ではトランプの対抗馬とされる共和党の大統領候補たちもこの件でトランプを批判する様子は見せていない。そうした態度が共和党の支持者の間での不人気につながるという恐れがあるのだろう。
 TurchinがEnd Timesで指摘している通り、足元で共和党は既存の体制を根底から否定する革命の党になっているように見える。もちろんトランプが有罪かどうかは判決が出るまで分からないが、過去に91件もの罪状で起訴された政治家が大統領候補に名乗りを上げた例などないし、ましてそれが有力候補と見なされるなど前代未聞だ。だが現時点で共和党内のトランプ支持は圧倒的に見える(どうやらトランプ支持者は友人や家族よりトランプを信じているらしい)。このまま来年の予備選に入れば、トランプが圧倒的にリードを奪って共和党の大統領候補に選ばれる確率はかなり高いだろう。
 だが一方で全国民の間でのトランプ支持は全く上がっていない。裁判の進み方によってはさらにこの支持率にも影響が出る可能性がある。結果、来年の選挙が近づくころには米国の体制破壊(革命)を目指す共和党とそれに抵抗する民主党という恰好でのぶつかり合いが発生する可能性だってあり得るだろう。

 まさにTurchinが予測している「終末」の時が近づいているかのようだが、こうした状況は彼の予測が当たったことを示していると言えるのだろうか。個人的には微妙だと思っている。以前にも取り上げたが、TurchinはAges of Discordを出版した後で2020年代に起きる社会政治的不安定性がどの程度の規模になるかについて、定量的な予測を出している。いろいろと条件をつけているが、基本的には「不安定性イベントが5年間に100件以上」「それに伴う死者が5年間に100万人あたり5人以上」というのが彼の見通しであり、もし2025年までに暴力がこれらの水準を超えなければ「構造的人口動態理論(SDT)は間違っている」と書いている。
 さて、彼が予想した5年間のうち半分ちょっと(2021年以降)が過ぎた現時点でのこれらの数字はどうなっているのだろうか。彼が過去の「不安定性イベント」について調べた内容はDynamics of political instability in the United States, 1780–2010にまとめられており、そこでは暴動、リンチ、テロの3種類を「不安定性イベント」として数え上げている(Figure 5)。具体的なデータはこちらからダウンロードできる。
 エクセルファイルを見るとそこには1782年から2010年までの「不安定性イベント」全1828件が掲載されている。Turchinが論文に載せているグラフでの最新のデータは、従って2007~2010年が対象ではないかと思われるのだが、ここでは5年分のデータということで2006~2010年の数字を取り上げる。それによるとイベント数は79件で、それに伴う死者は315人という数字が出てくる。この79件のうち67件と大半がrampage、つまり主に銃器を使った乱射事件が占めている。
 Turchinは別に銃乱射がすべて社会政治的不安定性イベントだとみなしているわけではない。彼が主にその要件に当てはまると見ているのは職場、学校、政府機関などを対象にした銃乱射であり、家族を対象にした複数の殺人や心療科に収容されていた人物による乱射、あるいは銀行強盗などの犯罪に関連して発生した銃乱射は除いている。となるとそうした銃乱射事件がどの程度起きているかを調べることで、Turchinの予想がどこまで当たっているかを推測するのが可能になる。
 ただし、そういった都合のいいデータはネット上には転がっていない。例えばThe Violence Projectを見ると2021年からの2年半強にあった銃乱射は21件で死者は153人となる。一方、Mother Jonesというサイトのデータを見ると26件の165人という異なる数字が出てくる。そしてGun Violence Archiveを見ると、こちらは逆に984件の1795人という随分と大きな数字になる。
 数字が違う大きな理由は前2者が3人とか5人など一定数以上の死者がでた案件のみを数えているのに対し、後者が死者あるいは負傷者が複数いれば銃乱射と見なして計算しているためだ。前者の数字はTurchinのデータに比べて過少になっていることは否定できないが、一方後者については社会政治的な要因ではないものも含めてとにかく事件を全部並べていると見られるため、Turchinが要件から外しているようなものまで含まれている可能性がある。
 というわけでTurchinもやっている「標識再捕獲法」を利用しよう。銃乱射事件についてどのような場所で行われたかについてカテゴリー分けしているMother Jonesのデータを使う。見ると2021年以降の事件の大半は職場か学校、あるいは宗教施設で生じており、その他の中にも「LGBTQクラブ」での乱射などが載っており、Turchinの考える社会政治的不安定性イベントに当てはまるものが多いと考えられるからだ。そしてこのMother Jonesのデータによると、2006~2010年に起きた銃乱射の件数は15件、死者数は139人となる。
 上にも記した通り、同時期にTurchinの数えた不安定性イベントは79件、死者315人が発生している。それぞれMother Jonesのデータの5.27倍と2.27倍だ。そしてこの倍率を2021年以降のMother Jonesのデータに当てはめると、不安定性イベント推計値が出てくる。それぞれ137件と374人、というのが2021年以降にに起きたと推測できるイベント数と死者数だ。
 これをTurchinの予想と比べよう。Turchinはまず件数として5年で100件以上という数字を出していた。この水準は既に軽く突破しており、5年たてば倍以上の数字に到達することが考えられる。Turchinのグラフで言えばこれまで米国史上で最も高い数字を出した1860年代と1910年代を余裕で超えるほどの水準に達するわけで、まさに「終末」と呼ぶにふさわしい。だが死者数は100万人あたりに直すと(米国の人口はおよそ3億4000万人なので)たったの1.1人。5年経過した時点でこの数字が倍になるとしても2.2人にしかならず、5人という予測とは程遠い。
 Turchinの予測を達成するためには死者数が1700人を超える必要があり、そのためには今のペースでの銃乱射以外に1000人規模の人が死ぬような不安定性イベントが起きる必要がある。あれだけ大騒ぎになった国会議事堂襲撃でも死者数は5人にとどまっており、しかもそのうち3人は実は自然死だったそうで、つまりあの程度の規模ではTurchinの定量的予測にはまったく及ばないわけだ。
 もちろん選挙の年である2024年から新大統領が就任する2025年の1月までに多数の死者を出すようなトラブルが起きる可能性はあるわけで、その意味ではまだ結論を出すのは気が早い。それに最終的にそちらの予想が外れたとしても件数は予想水準に達しているわけで、だからSDTを全面否定するのは難しいとは主張できるだろう。それでも理論の修正くらいは視野に入れる必要があるんじゃなかろうか。例えばエリートに占める女性の割合が増えたことで直接的な暴力が減っている可能性なんかも考えるべきかもしれない。

 米国の状況は世界に影響を及ぼすだけに、来年にかけて事態がどう推移するかには注目せざるを得ない。例えば恒大グループが米で破産法適用を申請した中国では、人民元の価値低下に見舞われたり、若年失業率の公表を一時停止したりと、経済面でバタついている印象がある。現時点では暗雲が垂れ込めている形だが、米国が先に終末に突入すれば相対的に晴れ模様に見えてくる可能性もあるだろう。
 もちろんロシアも同じで、2024年の大統領選を乗り越えたプーチンが総動員をかけ、一方で米国が大混乱に陥ればここまであまりいいところのないウクライナ戦争で一発逆転という夢(西側からは悪夢)を見ている者もいることだろう。いろいろな意味で来年は厄介な年になりそうだ。
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