黒海騒乱

 ウクライナでは引き続き陸上で膠着した状況が続いている。代わりに最近話題になっているのは黒海での戦闘だ。ISWの4日の報告ではウクライナがロシアの物流と港湾施設に対してドローン攻撃を行ったことをに触れている。ターゲットの中にはロシアの揚陸艦もあるそうで、その攻撃風景を撮影したと見られる動画がネット上に出回っている。この攻撃がどのような効果を上げたかは不明だが、ISWはロシアの支援艦が揚陸艦を曳航している様子が確認されたとしている。
 興味深いのはこれに対するロシアの軍事ブロガーの反応で、彼らは国防省が嘘をついていると非難し、黒海での活動を拡大するよう求めているそうだ。どうやらロシアは当初、ドローン攻撃をすべて撃退したと発表していたようで、ついでに過去ロシア政府がウクライナのドローン組み立て施設を破壊したと嘘をついたことまで批判されているという。要するに国防省がやろうとしていたネッとの言論統制はあまりうまく行っていないのだろう。またロシア国防省に一貫した情報政策が欠如しているため、ロシアが軍事的に失敗するたび批判を浴びるという軍事ブロガーの指摘はある意味その通りで、政府が勝手に自らの信用を毀損しているように見える。正直、この点は他山の石とすべき指摘に思える。
 閑話休題。翌5日のISW報告では、今度はロシアの石油タンカーがドローンの攻撃を受けたという話が伝えられている。このタンカーはシリアのロシア軍に燃料を提供したとして米国の制裁対象となっている船だそうで、攻撃の結果、機関室に2メートル×1メートルの穴が開いたのだそうだ。またその場所はケルチ海峡の近くで、そのためISWはこれも兵站を混乱させるための取り組みの一種ではないかとの見方を示している。
 さらにウクライナはロシアの港湾近くの船舶を攻撃するとの警告を発しているそうだ。ロシア自身がオデーサに対する攻撃を続けていることへの「慎重な対応」と見られ、具体的にはISWが掲載している地図にのっている6ヶ所の港湾(中には冬季五輪が行われたソチの名もある)が対象。これに伴って黒海での国際商業輸送が邪魔される可能性が高まった。ロシアは黒海を封鎖すると息巻いていたが、同じことをウクライナも実行すると宣言した格好だ。
 また前日に初報が載っていた揚陸艦についての追加情報があり、どうやらこの船は30度から40度傾いた状態にあったらしい。先日のクリミア大橋攻撃への影響で陸上輸送にトラブルが起きている結果、ロシアは揚陸艦を使った輸送を行っていたらしく、今度はそちらがウクライナ軍の目標になったようだ。ISWはウクライナがバフムート方面に兵力を引き付け、同時に兵站へ攻撃することで昨年ハルキウとヘルソンで行った反撃と同じような状況を作り出そうとしているのだと分析している。

 もちろん不和の時代は西側でも続いている。最近の話題はトランプの3度目の起訴で、今回は2020年の大統領選の結果を覆そうとした陰謀と妨害の疑いを持たれている。彼は4つの案件で起訴される可能性があると言われていたが、まだ大統領選の予備選が始まる前にそのうち3つまで実際に起訴されたわけで、米国史上でもかなり異例の事態と言わざるを得ないだろう。
 いくら起訴されても共和党支持者のトランプへの支持には変わりがないとの見方もあるが、それはいささか単純すぎるとの指摘もある。FiveThirtyEightはIs This The Indictment That Really Hurts Trump?という記事の中で、起訴される数が増えるほどトランプに対するマイナスの影響が積み重なっている可能性について分析している。
 まずはトランプの起訴内容がどれほど「深刻な犯罪」であるかについての世論調査。それによるとポルノ女優を黙らせるための行為を深刻な犯罪だと考えるのは50%にとどまっていたが、秘密情報を持ち出した件は64%、大統領選の結果を認証するのを妨げる試み(ジョージア州の件)は69%、そして選挙結果を覆そうとする陰謀は71%の者が深刻な犯罪だと考えているようだ。別の調査では秘密情報の件でトランプが違法に行動したとの回答が53%なのに対して1月6日の議事堂襲撃は45%とこちらは少し低くなっているが、起訴の数が増える影響は無視できないだろう。
 もっと面白いのはWill Three Indictments Prove Too Much For Trump's Campaign?という記事で、こちらでは過去の起訴の際にトランプ支持がどう動いたかの結果が載っている。最初のポルノ女優に関する件では支持率はむしろ2.5ポイント上がったが、秘密情報の持ち出しについて起訴された際には逆に3.6ポイント低下しており、起訴内容次第でトランプ支持に与える影響が異なっている様子が窺える。これから裁判を経て判決がどのタイミングで出てくるかはわからないが、もし有罪判決が出るような場合にはさらに選挙に及ぼす影響が大きくなる可能性も否定できないだろう。
 とはいえTurchinが邦訳されたインタビュー(英語の原文はこちら)でも述べている通り、トランプを排除すれば事態が解決するわけでもないだろう。Turchinはヴァンスを「トランプより優れたポピュリスト」としているが、重要なのは個人の才覚ではなくそういった個人が活躍できるような状況(不和の時代)が続いているかどうか。FiveThirtyEightのNate Silverもそうした視点で見ているようで、こちらこちらでエリート過剰生産と格差について言及している。
 同じ意味で象徴的な事例の1つが、音楽の全米チャートに関するこちらの話。2番手に入ってきたカントリーについて「あまりにもひどすぎる」と言っているが、実際にこのミュージックビデオが公開されるや米国ではかなりの議論が巻き起こったようだ。「極右ソング」「黒人への偏見や憎悪を煽っている」など言いたい放題言われている曲だが、それが全米2位に食い込んでいるという事実はかなり深刻だと言える。
 ちなみに余談だがこのカントリー歌手は2012年にFly Over Statesという曲をリリースしている。エリートたちが航空機で行き来する際に飛び越えてしまう米国の田舎について歌ったものだが、これを見て思い出したのが1988年のテキサスの高校フットボールチームについて書かれたノンフィクション、Friday Night Lights。実はその当時から「ニューヨークでもカリフォルニアでもないアメリカ」という言い方でフライオーバーされてしまう地域について語る言い回しが存在していたのだが、1980年代のノンフィクションにはまだアメリカの原風景を訪ねに行くという印象があったのに対し、2012年のカントリーソングにはそれが取り残された存在のように描き出されており、不和の時代がどう進行してきたかが窺える。
 取り残されたことへの怒りを表明するところから10年ちょっと後に暴力を肯定するところまで行ってしまった今の惨状は、陰謀論の猖獗ぶりにも表れている。こちらの記事では陰謀論を通じた体制破壊の試みを紹介し、今では「第6の戦場としての認知領域」に焦点が当たるようになっていると述べている。単に陰謀論にかぶれる人間が増えている(Turchin風に言うなら過激思想への感染)という意味でしかないのだが、陰謀論で死ぬ人間が出てきていることは「看過できない」として日本での陰謀論拡大を憂えている。まあ歴史的に言えば陰謀論が広まって死人を出した時代そのものも、別に珍しくはないのだが(ナチスドイツなど)。

 目下のところ日本だけでなく世界全体で異様な高温が記録されている。海水温は異様な上昇を見せ海氷も猛烈な勢いで溶けている世界各地で海洋熱波が多発しているそうで、7月は12万年ぶりの暑さだったという報道もあった。最近になって4万6000年前の線虫を蘇生させたという報道があったが、この線虫が生まれるよりも前にしか記録したことのない気温だとすれば、そりゃとんでもない状態である。
 正直これだけ暑いと何もする気が起きなくなるんじゃないかと思うが、これまで述べた通り戦争や分断に熱を上げている人間は世界中にうんざりするほど大勢いる。どうやら12万年ぶりの暑さ程度では頭に血が上った人間をダウンさせるには足りないらしい。まったくもって人間というものはたくましいというか度し難いというか。完全な傍観者になることができればこれほど面白い存在もあまりないだろう。残念ながら現代において傍観者のままでいられる保証はどこにもないが。
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