続・科学の低迷

 科学の発展が減速しているという話は前にも書いたが、それと似た話が今年の1月にも出ていた。Papers and patents are becoming less disruptive over timeという論文だが、こちらもなかなか興味深い研究だったので紹介しておこう。
 この論文で分析対象としているのは1945~2010年の間に出た論文2500万本、及び1976~2010年に出た特許390万件だ。具体的にはそれぞれの題名と情報がある場合はアブスト、そして引用について分析している。1つは引用を使ったCD指数というもので、CDとはconsolidating(強化)とdisruptive(破壊的)の意味。論文や特許の内容が先行するものを「強化する」ようなものか、あるいはむしろそれを「破壊」して科学を新しい方向に向かわせるものであるかを調べた指数だ。
 具体的にはFig. 1にある通り。まず対象論文について引用元となっている論文を並べる。続いて5年以内に対象論文を引用した別論文を調べ、その中に対象論文が引用元とした論文がどのくらい引用されているかを並べる。両者の共通点が多ければ対象論文はそれ以前の科学が持っていた知識をより「強化」するものであり、逆に少なければそれ以前の科学が持っていた知識をむしろ「破壊」するものだったと解釈するわけだ。このCD指数は-1から+1の数値を取り、数字が大きいほど破壊的な論文になる。
 分析結果はFig. 2にある通りだ。論文(a)も特許(b)も、見ての通り時間とともにCD指数がどんどん低下している。研究分野ごとに違いはあるものの、右肩下がりなのは同じ。つまりそれだけ「破壊的」な論文や特許が減っているわけだ。
 さらに題名やアブスト使われている言葉を使った分析でお同じ結果が出ている(Fig. 3)。破壊的な研究はより新しい使用例の少ない言語が使われる一方、そうでない研究は使われる言葉の多様性が減るという想定で、実際にこの分析でも多様性は低下している(aとd)。また新しい言葉の組み合わせの度合いも同じように低下しており(bとe)、実際に100文字あたりに使われている度合いの高い用語を見ても昔の方が比率が低い(cとf)。
 使用頻度の高い言葉を見ても、科学が過去を破壊するものから強化するものへのシフトが窺われるという。かつては「生み出す」「形作る」「準備する」「作る」といった創造を、「決める」「報告する」といった発見を、そして「測定する」といった認知を思い起こさせるような言葉が多かったのに、足元では「改善する」「拡大する」「増やす」といった改良を、「使う」「含む」といった応用を、そして「結びつける」「仲介する」「関連づける」といった評価を思い起こさせる言葉が多くなっている。それだけ破壊的科学より過去の科学を強化する方向に世の中が動いている、という主張だ。
 こうした傾向は、別に科学全体の質の低下がもたらしているわけではない。その証拠とされているのがFig. 5で、サイエンス誌やネイチャー誌といった最も評価の高い科学雑誌でもCD指数は低下している。そうではなく知識が積み重なった結果として研究者が科学の最前線にたどり着く前に学ばねばならないことが増えている可能性があるそうだ。Fig. 6では論文や特許の引用元の多様性が減っていること(aとd)、自分自身の過去の研究を引用する例が増えていること(bとe)、そして引用される論文が次第に古いものになっていること(cとf)が示されており、研究者が知識の拡大についていくのに苦労し、結果としてより古くなじんだ研究に頼る割合が増えていることを示している。
 ただ注意すべきなのは、破壊的な研究の割合は減っていても絶対数は減ってはいない点だ。Fig. 4を見るとCD指数が0.25以上の破壊的研究の絶対数はほぼ横ばいを続けており、そうではない研究の絶対数が増えた結果として破壊的研究の比率が低下している様子がわかる。またこの観点で見るとジャンルの違いは大きく、例えば論文であれば生命科学が減る一方で科学技術分野の割合が増えているし、特許では機械や化学関連が減る一方、コンピューターや電気・電子関連は増えている。
 論文と特許の絶対数の推移はExtended Data Fig. 9に描かれている。こちらも分野ごとに傾向の違いがあることが分かって面白い。論文だと社会科学が最も数が少なく、破壊的研究が低調な生命科学の方が数が多い。特許だと1990年代の後半から大きな変化が生じ、コンピューターと電気・電子分野が圧倒的に増える一方、機械、化学、薬学・医学あたりは横ばいになっている。

 以上がこの論文のざっとした内容だ。科学論文の生産量自体は指数関数的に増えているが、そのうち破壊的な、つまり過去の科学を大きく変えて新しい方向性を示すような論文の数はほぼ横ばいが続いている。結果として破壊的な論文の割合はずっと右肩下がりになっている。こうした傾向はジャンルごとに微妙な違いはあるものの、全体としての傾向ははっきりしていると言っていいだろう。絶対数で横ばいになっている点だけ見るとまだ科学の「無限のフロンティア」は残されているように見えるが、そこに届くためにかかる労力がどんどん膨らんでいるあたりは、冒頭に紹介した「科学の低迷」の中で指摘している「研究生産性の低下」と平仄が合っている。
 同量の「破壊的科学」を生み出すためにより大量の論文や特許(そしておそらくは大量の研究者)を使わないといけなくなっているあたりは、まさにTainterの言う「限界効用の逓減」が起きていると言える。そうやって生み出した破壊的科学はおそらく一定の経済成長の源となっているのだろうが、いかんせん生み出すためのコストが高すぎ、結果として成長率自体は鈍化している、のではなかろうか。となるとこれまで何度も書いているように、我々は成長の鈍化する世界で永年サイクルと付き合う方法を考えねばならなくなる。
 一方この論文は科学の「無限のフロンティア」自体がなくなったわけではなく、その探索が困難になっているだけ、という可能性も示している。知識が増えすぎた結果として研究者がその全体像を把握するのがどんどん困難になり、彼らの専門分野が蛸壺化していった結果として破壊的な研究が減っているのではないか、というこの論文の指摘が事実なら、もっと学際的な研究を増やせば破壊的研究の比率を再び高めることも可能になるかもしれないのだ。
 実際、最近では大量の研究者が筆者に名を連ねる論文が増えている。それだけ専門家が連携しながら研究を進める方法が広まっているのなら、そうした取り組みをより戦略的に増やし、学際的な連携を高めることで、再び科学を破壊的にすることができ、そこから新たな成長の種が生まれてくるようにできるかもしれない。経営学の世界で言われている「知の探索」を科学研究の分野でもシステマチックに実行していく体制を作れば、そこに突破口ができるかもしれないのだ。
 そのためには学際的な研究をつなぐコーディネーターの役割を誰かが果たす必要がある。研究者たちが自分でやる手もあるが、彼らは一方で自分たちの専門分野の知識を常に更新し続ける必要があるため、できることには限界があるだろう。というわけでここからは完全に個人的な思い付きなんだが、生成AIをコーディネーターに、少なくともコーディネーターを助けるアシスタントできないだろうか。
 現時点で生成AIに期待できるのは文章をまとめる能力くらいだろうが、これは他の学問分野の論文下読み作業に使える。そうやっていろいろな分野の情報を効率よく集めることができれば、コーディネーターがそこから新しい研究の種を見つける作業がやりやすくなるだろう。といってもこれではおそらく不十分。できれば複数分野の学問を組み合わせた時にどのような成果が生まれてくるかについてのドラフトもAIに作成させたい。およそ関係ない分野の論文を複数まとめて1つのコンセプトにまとめるといった機能を生成AIが持つようになれば、そうした具体的な「破壊的研究につながる可能性のあるシーズ」を大量生産できそうな気がする。
 もちろん大量生産されすぎるとコーディネーターがAIの作ったシーズを読み解くこと自体が不可能になりかねない。従って理想的にはAIがそのシーズの中から有望そうなものを選び出すところまで行きたい。そうすれば後は選び出された有力シーズに基づいてコーディネーターが様々な分野の研究者を組織し、その研究の中から今まで以上に高い頻度で破壊的研究を生み出すことができる、かもしれない。実際にはそうはならない可能性ももちろんあるが、AIの能力さえ備われば試してみる価値はあるんじゃなかろうか。
 そうでなくても早ければ今世紀中には世界人口が減り始めると言われている。高学歴化によって人口に占める研究者の割合を高めることにも限度があると考えるなら、いずれは研究論文自体の生産量が減るわけで、そうなるとこれまで横ばいを何とか維持してきた破壊的研究の絶対数までもが低下しかねない。そうやって成長の種を失い、かつての農業社会のように変化に乏しい恒常的な世界を続けるのか、それとももう一つ足掻いてまだ成長への夢を追うか、今はちょうどその岐路にあるのではなかろうか。
 もちろんこれは単なる思い付きであり、そもそも生成AIにそんな能力は期待できないかもしれない。それでも産業革命の移行期が終わり、社会全体が安定に向けた権威主義的なイデオロギーに支配される時代が到来するのをただ待つよりは、夢物語を思い描く方がマシかもしれない。まあAIが思った以上に有能でイノベーションをすべて差配するようになったりすれば、今度はスカイネットの時代が来るのかもしれないけれど。
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